「奈良県次世代養成事業」ジュネーブ訪問

2019年3月14日、奈良県次世代養成事業でジュネーブを訪問中の青年団(奈良県出身の学生又は奈良県内の大学等に通う学生)と、JSAGを代表して世界保健機関(WHO)の職員等が座談会を行いました。5名の大学生等が参加され、国際機関での仕事や職員のこれまでの経験等について、活発な質疑応答が行われました。



学習院女子大学によるジュネーブ訪問

2019年2月26日から3月5日まで、学習院女子大学の中島崇文教授率いる学生の皆さんが、ジュネーブにある国連・国際機関を訪問されました。

6回目となる今回は、14名の学生さんが参加されました。

滞在中は、国際労働機関(ILO)、国際移住機関(IOM)、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連児童基金(UNICEF)、世界保健機関(WHO)、世界知的所有権機関(WIPO)、グローバルファンド、および在ジュネーブ国際機関日本政府代表部の、計9つの機関を訪問し、それぞれの職員から説明を受けました。

さらに、ジュネーブ大学の日本語の授業や国連本部の見学ツアーへの参加、国連図書館、国連博物館、国際赤十字博物館などを見学されるなど、充実したスケジュールを過ごされたとのことです。



うちWIPOでは、職員も利用するカフェテリアでの昼食の後、職員によるプレゼンテーションと活発な質疑応答の場を楽しみ、簡単な施設見学を行いました。



参加者から寄せられた感想をご紹介します。

 「専門的な業務内容は、きっと難しく理解しにくいだろうと思っていたが、職員の方々のお話を伺って、実際には身近な問題だと認識を改めることができた」

「職員の方々が、国際公務員として、強い信念と熱意をもって日々仕事に向き合われていることが印象的で、将来自分もそんな仕事を見つけたいと思った」

「国際機関で働くためのキャリア形成の方法や、必要なスキルや態度、海外で生活し働くことの苦労話などを生の声として聞くことができ、参考になった。」

「各国際機関が今現在取り組んでいる具体的なプロジェクト、それに対する課題と挑戦を学ぶこことができたのは、日本ではなかなかできない経験だった」







文責:モンルワ幸希(WIPOジュネーヴ本部/著作権・クリエイティブ産業部)

横浜市立大学「国連海外調査実習」の開催報告


2019212日から221日まで、横浜市立大学による国連海外調査実習が開催されました。

横浜市立大学国際総合科学部グローバル協力コースでは年に一度、学生の専攻分野・研究テーマに応じて東南アジア、アフリカ、国際機関への調査実習を開催しています。横浜市立大学では、学生たちが国際問題に強く関心を持ち、地球規模課題に果敢に挑戦する知識と意欲、英語力とコミュニケーション力を身につけ、将来は国際機関で働く契機となることを目標に、こうしたプログラムを構成しています。

今年度は、201710月より5ヶ月間ほどジュネーブ国際関係・開発研究大学院大学(Graduate Institute)に在籍され、JSAGの活動にもお力添えを頂いた横浜市立大学の上村雄彦教授とクレベール・ギミール教授の引率のもと18名の学部生がツアーに参加されました。

学生達は「女性」「食糧」「労働」「平和」の4つのテーマに分かれ、一週間ほどかけて関係者への聞き取り調査を行い、英語による論文を仕上げることを目標に実習を行いました。JSAGでは、主に訪問受入れのお手伝いをさせて頂きました。
今回の調査実習では以下の研究課題について、様々な国際機関での発表とディスカッションが行われました。

(4つのテーマ概要)
[女性班] 「武器としての性暴力」がルワンダ、コンゴ民主共和国から拡大する可能性
[食糧班] 日本におけるフードロスを改善するための食育の可能性と課題
[労働班] 日本の長時間労働問題の解決に、労働組合が果たす役割
[平和班] 武器輸出によって、日本の平和が変質する可能性

(調査訪問先機関)
  • 国際連合 ヨーロッパ本部(パレ ナシオン)
  • 国際労働機関 (ILO)
  • 世界保健機関 (WHO)
  • 武器貿易条約事務局(ATT Secretariat
  • 世界自然保護基金(WWF)
  •  ジュネーブ国際関係・開発研究高等究所 Graduate Institute


それぞれの研究課題について、さまざまな視点からディスカッションが繰り広げられ、各研究テーマに精通する現役職員からのフィードバックに真剣に耳を傾け、また鋭い視点からの質問を投げかける学生達の学習意欲の高さが非常に印象的でした。



また各機関への訪問のほか、国際機関邦人職員との交流会、JSAG前会長でグローバルファンドの國井修先生による講演、ジュネーブ国際機関代表部で公使によるブリーフィングなども同時に開催され、学生達にとっては非常に充実した1週間のジュネーブ滞在となりました。


参加された学生からは「自分の英語力不足を実感した。もっと英語で発言をし、意見を伝えられるようになりたい。」「現役国連職員に自分たちの研究に対するフィードバックをもらえたことが嬉しかった。現役職員からの意見は日本では得ることのできない貴重な情報源となった。」「国連職員は“偉い人”だと思っていたけれど、とても優しくて人材育成にも積極的であることを感じ取れた」というたくさんの前向きな感想が寄せられました。

同時に「国連組織がとても大きいので全体像を把握するのが難しい。わかりやすく組織構成を知ることができればよかった。」という意見もあり今後の訪問受入れへの参考になる声も寄せられました。

JSAGではこれからも、将来の国際機関への就職、グローバルな視点からの問題解決を担う若者世代へのサポートを続けていきたいと考えております。





JSAG主催「国際機関訪問ツアー」の開催報告


JSAG主催「国際機関訪問ツアー」の開催報告

2019116日、JSAGの主催により、学生を対象とする「国際機関訪問ツアー」が実施されました。
これまでも、JSAGでは日本の大学などの依頼を受けて、ジュネーブを訪れるスタディーツアーの調整や受入れを行って来ました。その一方で、ジュネーブやその周辺で日頃、留学生として学びながらも、国際機関に接する機会のない学生さんも大勢おられます。

そこで、今回は、初の試みとして、JSAGが自らツアーを主催し、国際機関に勤務するメンバーがリレー方式で、学生さんを施設内にご案内。国際機関の内部の様子や、仕事の実際を肌で感じていただく企画を立てました。

ツアーには予想を上回る22人が応募。ジュネーブやスイス国内にとどまらず、英国、スウェーデン、さらにはチェコからの参加者もあり、学生の皆さんの関心の高さを知ることが出来ました。


今回の訪問先は、以下の5機関です。
 ・世界保健機関(WHO
 ・国連難民高等弁務官事務所(UNHCR
 ・世界知的所有権機関(WIPO
 ・世界貿易機関(WTO
 ・国連人権高等弁務官事務所(OHCHR

参加者は、これまでテレビでしか見たことのない、総会の会場やラウンジなどに入り、少々緊張気味でしたが、先輩職員たちの話しに真剣に耳を傾けていました。特に、各機関での仕事の方針や役割、求められる人材などの説明には、参加者から様々な質問が寄せられました。



ツアーを終えた参加者からは「様々な機関を一度に回ることで、機関ごとの特色や雰囲気の違いが感じられた」「実際に勤務されている職員から話しを聞くことができ、大変有意義であった」「今後の進路を考えるにあたって励みになった」と言った感想が語られました。

JSAGでは、今後も、グローバル社会を担う若い世代の育成のため、日本人留学生などを対象に、様々なサポートを行っていきたいと考えています。


国際機関邦人職員インタビュー 世界経済フォーラム(WEF) 高橋雅央さん

世界経済フォーラムと言えば、毎年1月にスイスのダボスに世界中の政治・経済・学術・文化・市民社会などの代表が一同に会して開催される年次総会、通称「ダボス会議」が良く知られています。 

今回は、その運営主体である世界経済フォーラムの本部で活躍されている高橋雅央さんにインタビューを行いました。

1.    世界経済フォーラムのミッションはどのようなものですか?

世界経済フォーラム(以下、WEF)は、1971 年に設立されました。財団法人として活動を展開してきましたが、2015年以降はスイス連邦政府の承認の下での国際機関として活動を展開しています。活動資金は、各国政府からの拠出金をベースにするのではなく、主にビジネス界からの貢献をベースとしています。

各企業や、各産業セクター、各国政府、各地域の枠組み等で取り扱いきれない地球規模の構造的な課題を可視化し、官民パートナーシップ(PPP)の推進を通して、社会課題の解決を加速させることをミッションとして掲げています。 

WEFは、政府・ビジネス界・市民社会・学術界といった様々なセクターが対等に集まることができるマルチステークホルダーの場所と言えるでしょう。各国の利害関係などで、地球益に対してオーナーシップを持つことが難しい状況になった際にも、各セクターが同じように地球益を眺められるような場所であることが組織の存在意義でもあります。

例えば、世界の人口が100億人に達した時、どのように持続可能な形で食糧を供給していくかという課題があります。そこには、水資源の配分や化学肥料の持続的生産、生産地と消費地を結ぶインフラ整備等、個々の事業活動や政策に亘る様々な問題が複雑に絡まってきます。食料は国家の安全保障にも関わる問題ですので、どのようにして地球規模で持続可能な形にしていくかという課題について活発な議論が行われています。

人口増加や気候変動といった背景がある中で、国連食糧農業機関(FAO)をはじめとした国際機関も食糧問題の解決に取り組んでいますが、より大きな枠組みで捉えていかなければならない時に、同じ視点からアジェンダを捉えて、共通の目標に向けたアクションを考えていけば、より大きなインパクトをもたらす、セクターの枠を超えた取組を加速することが可能になると考えています。

このように、地球規模の課題を捉えて、中立的な場として議論のフレームワークを用意し、解決に向けた協力を促進していくことが我々の役割であると思っています。

2.    WEFでは、どのような国籍の職員が、何名くらい働いているのでしょうか。

現在は、概ね700名が働いています。本部はジュネーブに所在し、ニューヨーク、サンフランシスコ、北京、東京に拠点が所在しています。

拠点ごとに個々のミッションもあります。例えば、サンフランシスコ拠点は、第四次産業革命センターと称し、昨今の技術イノベーションがどのように社会システムの変革を促していくか、次なる社会の仕組みを創造していくかといった内容のプロジェクト群を集約し、取り組みをすすめています。

東京の日本オフィスでは、日本のビジネス界や政府との良好な関係を築いていくことがミッションであり、職員数も増加させているところです。また、課題先進国でもあり様々な解決策が存在している日本が、国際社会に対して貢献できる事柄を発掘し、世界とつないでいくことも、日本オフィスに期待されています。 

WEF全体では、日本人数名も含め、約80ヵ国から職員が集まっており、世界の縮図のように思えます。しかし、職員は各国の代表として職務に従事している訳ではないので、中立の立場から課題解決に当たっています。

我々の組織の命題を考えると、世界の課題に対して、少し先を行ってアジェンダを提示し続けることも重要な役割となります。様々な世界の動きを、動き続ける台風に例えるならば、WEFは常に台風の目に位置していなければならないと考えています。台風の目は無風ですから、WEFも全体を俯瞰し、複雑に絡まり合った事象を整理しながら、社会の中での課題を位置づけ直すという場であり続けなければならないと考えています。 

WEFという組織自体についても、新たに現れる課題に対してダイナミックに、変化を恐れず進んで行き、起業家精神のような感覚で取組を考えていくところが、組織の力の源泉であると思います。

3.    現在、高橋さんがどのようなお仕事をされているのか教えてください。

私は日本とWEFとの関係を深めるために入職したのですが、現在は、アジアや中東といった各地域のビジネス界と、世界規模での大きな論点との接点を紡いで、地域のアジェンダを策定するためのプロジェクト全体を統括しています。およそ1000のグローバル企業や400の地域トップ企業のCEOと連携して、各地域のアジェンダ策定に向けて動いています。

アジアの文脈でいえば、ビジネス界のリーダーとアセアン経済圏をどのように作り上げていくか、第4次産業革命といったテクノロジー、イノベーションを活用してどのように課題解決を加速化していくかといった議論をする場を設けています。

また、中南米や中東、欧州など各地域の目線とグローバルな目線を掛け算しながら、今起こっている課題やこれからの社会システム創りに向けた動きをどのように地域のインパクトに繋げていくのか、ビジネス界のリーダーやWEFの地域統括の同僚たちと連携して作り上げていく業務を行っています。

個人的な関心事項としては、高齢化の問題に伴って社会システムをどのように持続可能に作り上げていかなければならないか、というテーマに興味があります。9月にハノイで地域会合を開催した際にも、タイの高齢化問題についての発言がありました。高齢化の問題は日本や欧州では大きな課題になっていますが、実はどのような経済レベルの国にも存在している課題で、優先順位の違いではないかと思います。

例えば、高齢化と不可分の医療制度について取り上げると、医療へのアクセスについての大切さはだれも否定しないと思います。医療インフラの整備は、各社会、特に発展を遂げる経済を堅実なものにするためにも必要不可欠です。しかしながら、整備のみならず、どこかのタイミングで予防政策を考えていかなければ、医療費の問題など新たな社会課題が出てきます。こうした問題が将来的に顕在化する前に、日本の経験が役に立つかもしれません。

地域の10年後、20年後を見据えた時に、異なった国々や地域間で学び合えることがあるのではないかと感じています。WEFが、こうした知見の共有ができるプラットフォームになればと願っています。

4.    高橋さんがWEFで働き始めるまでの経緯について教えてください。

私は、WEFで働き始めて8年になります。前職では、企業の経営コンサルティングや社会システムの変革提言等、セクターの枠を超えた形での業務機会があり多くの学びと挑戦の機会をいただきました。ただ、日本の枠組みを超えたところからもっと多様な働きかけをしていきたいという想いが募ってました。地域、セクター、技術、知恵等、これまでつながっていない点と点をつなげることで面白いこと、そして社会インパクトをもたらす貢献ができるんじゃないかと漠然と考えていた時にWEFに出会ったのです。

また、長らく開発というテーマに関心がありました。経済を回さないと社会は持続的に成長していかないのではないかという個人的な思いがあり、ビジネス界が一体となって、社会課題と対峙していく世界観がWEFにあると感じて入職しました。

前職でガーナの栄養改善プログラムに関わっていたことがあるのですが、その時に介入者である我々が良かれと思って行った介入が不可逆的な変化を起こしていて、介入が失敗だったからといって元に戻すことができない場合があると認識しました。

自分が社会に良いインパクトを起こしたいと思って取組んできたことが正しいか確信が持てなくなり、より広い視点から課題を捉えなおしたいという思いが強くなってきた時に、WEFのビジネス界に留まらず、様々なアクターを巻き込んで未来を描いていくというビジョンに共感したというのもWEFに入職した理由です。

前職は野村総合研究所で、10年間働き、その間、スペインに2年間留学していました。もともと日本の大学で海洋工学を学んでおり、環境問題にも関心を持っていました。当時、環境というと、工場の排出規制などが議論の主流だったのですが、規制するのではなく「もっと綺麗にしたい」と思えるようなインセンティブシステムを社会にデザインできると、世の中がもっと良くなるのではないかと考え、民間と政府の間で実現できるところはどこかと探していた時に、野村総合研究所に出会いました。

野村総合研究所では、本当に多くの経験と学びの機会を頂きました。民間企業のマネジメントについて学ぶと同時に、どのように政策に反映させていくかを考えた時に、官民連携の仕事に辿り着きました。セクターを超えた組み合わせが生み出す取組をコーディネートしていく中で、様々な観点から物事を俯瞰して見る力を養うことができました。

こうした経験が現在の仕事に生きていると感じています。WEFの職員のバックグラウンドは多様で、私が所属している部署では経済界出身の職員が多いですが、中には外交官や国連職員から転職されて、政府セクターとWEFとの関係を紡いでガバナンスを構築していく役割を担っていらっしゃる方々もいます。

5.    最後に、WEFや国際機関を目指す若者に、ひと言メッセージをお願いします。

国際機関を目指しておられる方々には、社会の様々な課題を解決したいと考えておられる方が多いかと思います。

それらの課題は複雑に絡み合っていて、その根本的な原因も多様であり、目先の見える課題を解決すれば終わりという訳ではありません。特定の課題を解決したことによる波及効果が新たな課題を生み出すこともあります。是非自らの注力する課題だけでなく、その周辺の連係課題も含めてシステム思考で課題構造をとらえ続けてほしいと思います。

その課題構造の複雑さを目の前にすると、一人一人の微力さを感じると思いますが、全体像を持って個々の持ち場からできることに取り組むことが大きな貢献につながる協力と努力の積み上げの第一歩になると思います。そういったことを俯瞰的に関わるのが好きな方には、WEFのような機関もダイナミックに仕事をしていける場所だと思います。 

WEFで働く働かないにかかわらず、システム思考で広い視野を持って課題解決に取り組んでいただきたいということと、ご自身の軸を大切に持って今居るところからできることに全力を尽くし続けると、きっと、セクターや国の枠を超えて活躍をすることができると思います。


(インタビューを行ったWIPOジュネーヴ本部にて。時折パンフレットも交えつつ、丁寧にご説明くださいました。)


(聞き手:モンルワ幸希/書き起し:髙木超) 

モンルワ幸希(MONROIG, Miyuki  世界知的所有権機関(WIPO)ジュネーヴ本部 著作権・クリエイティブ産業部。日本の中央省庁等を経て2009年渡仏。フランスの法律事務所での弁理士業務等を経て、2015年よりWIPO勤務。著作権法課を経て、2018年より著作権管理課所属。

髙木 超(TAKAGI, Cosmo)SDGs-SWY共同代表、明治大学プログラム評価研究所アカデミックフェロー。神奈川県大和市職員等を経て、「自治体におけるSDGsの活用」について調査研究するため2017年に渡米。世界基金評価室などでのインターンを経験し、2018年より現職


JSAGセミナー: 日本の国際協力におけるマルチ・バイ連携の課題-南スーダン、TICAD、国際保健を例に考える-

2018年11月15日(木)、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部において、外務省国際協力局参事官の紀谷昌彦(きやまさひこ)氏をお招きして「JSAGセミナー」が開催されました。

テーマは、「日本の国際協力におけるマルチ・バイ連携の課題-南スーダン、TICAD、国際保健を例に考える-」。(配布資料をこちらからご覧下さい。)

紀谷参事官は、外務省入省後、在米国大使館書記官、在バングラデシュ大使館参事官、総合外交政策局国際平和協力室長、同国連企画調整課長、防衛省地方協力局提供施設課長、在ベルギー大使館公使、駐南スーダン大使などを歴任され、現在、国際協力局参事官及びTICAD担当大使を務められています。国際協力に関して、政策・現場の両面で豊かな経験と見識をお持ちです。


講演では、グローバルな課題の解決に向けて日本の貢献を最大化するには「国際会議・機関への参画」と「現地での支援」の連携が有効であること。そして日本が主導・貢献する課題領域、いわば「ジャパン・アジェンダ」「日本ブランド」を特定し、東京と現地の双方でオールジャパン体制を構築して、取組みをスケールアップすることが、南スーダン、TICAD、国際保健に共通する方向性であることを具体例を挙げながら述べられました。

そして国際機関の邦人職員にとっても、「ジャパン・アジェンダ」は「使える」ツールであり、国際益と国益が重なる部分への投資は、国際機関邦人職員と日本政府職員の共同作業で加速できることが強調されました。邦人職員は、世界で活躍する日本人の「代表選手」、日本人にとっての誇りであり、日本人と国際機関、そしてグローバルな課題を結びつける「絆」としての活動に期待されていることが述べられました。さらに個々の組織では解決できない課題も、政府機関と複数の国際機関が連携し、さらには民間部門の参画などを通して、成果が達成され得ることが語られました。


質疑応答では、参加者から寄せられた質問に対して、日本の実務者と国際機関邦人職員との連携は日本と世界に付加価値を生み出すこと、「マルチ・バイの連携」が技術的な話ではなく、日本が世界で如何なる役割を果たすべきかという根本に関わる問題であること、そして日本が国際機関邦人職員、更には世界と切磋琢磨することに、日本の将来があるとの力強いお言葉をいただきました。

セミナーには、ジュネーブに本部を置く国際機関の職員をはじめ、大学・大学院などで学ぶ邦人学生など25名の参加があり、普段触れる機会のない貴重なお話を聴けてとても刺激的で勉強になったと、大変好評でした。

国際機関邦人職員インタビュー 世界保健機関(WHO) 渡部明人さん

世界保健機関(WHO)のUHC2030事務局スタッフとしてご活躍中の、渡部明人さんに、お話をうかがいました。渡部さんは、社会医学系専門医、保健財政・保健外交を専門とされ、北里大学医学部(2008年卒)から国立国際医療センター戸山病院・国立国際医療研究センター病院での研修、JICA、外務省などを経て、2015年からWHOで勤務されています。


聞き手: 吉川健太郎(WHO元インターン/京都大学医学部)

(吉川)何故臨床医以外の道を選ばれたのですか。
(渡部)医学部2年生の時、フィリピンのスラム街で診療補助のボランティアをしたのですが、その時医師として目の前に運ばれてくる貧困層の患者さんを助けているだけでは根本的な問題の解決にならないと感じました。この経験から病気の社会的な要因を取り除きたいと思い、この道を選びました。学生時代はIFMSA(International Federation of Medical Student’s Associations)で4年間国際役員もしており、この頃から公衆衛生をしたいと考えるようになりました。また医学部6年生の時にはガーナ大学病院への臨床留学・WHO本部でのインターンシップや世界保健総会への出席などを通してこうした場所で仕事がしたいと思うようになりました。

(吉川)大学卒業後どのような経歴を辿られましたか。
(渡部)後期研修医1年目にJICAでバヌアツ共和国の保健省で公衆衛生政策に関われる案件を見つけ、1年半公衆衛生医師として働きました。その後ロンドン大学の公衆衛生熱帯医学大学院(LSHTM)と経済政治科学大学院(LSE)のジョイントコースである保健政策計画財政修士課程(HPPF)で、医療経済学や保健財政学を中心に学びました。
アン・ミルツLSHTM副学長の紹介で、タイの政府系シンクタンクである国際保健政策プログラム(IHPP)の短期研究員として、途上国のヘルスプロモーション財政の研究に従事し、その後、外務省国際保健政策室の外務事務官として働きました。外務省では、国連でのSDGs設定の議論や二国間援助において日本がユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進を主導するための調整を担当しました。2015年からJPOとしてWHO本部の保健財政ガバナンス部門に派遣され、2017年からWHO・世界銀行が共同で運営するUHC2030事務局の正規職員として働いています。

(吉川) そのUHC2030事務局では具体的にどのようなことをされているのですか。
(渡部)世界各国の市民社会や各種グローバルイニシアティブと連携してUHCのアドボカシー、パートナーシップに加盟する各国・機関のUHCナレッジの蓄積・共有、国連ハイレベル政治会合や来年の国連ハイレベルUHC会合に向けた準備などの国際保健外交、この3つが現在の主な仕事になります。ただ、UHC2030事務局はWHO職員が8人、世界銀行の職員が5人と人数が少ないので専門以外の領域やオペレーション業務にも臨機応変に対応する必要があります(笑)

(吉川)臨床を離れてこの道に進まれるタイミングはどうお決めになりましたか。
(渡部)それは難しい問題で最後まで悩みました。どのような経験を積むかという判断は、目指す仕事によっても変わってくると思います。特定の病気に関する分野とか医療サービスに近い分野というのは医療のバックグラウンドが重視されるため、専門医資格を取る必要なども出てくるかもしれません。
ただ私の場合は、保健システムの中でも保健財政やガバナンスなど医療サービスから離れた分野に関心があったため、その分野での経験が求められました。それは臨床医経験ではカバーできないので、途上国で政策支援をしたり国連外交に携わったりといったことがより重要になってくると思い、そちらの時間を優先しました。
なので、タイミングというのは自分のキャリアがいつどの方向に向くかにもよって決めるのが良いかなと思います。

(吉川)初期研修病院の国立国際医療センターは、どのような病院でしたか。
(渡部)国際保健に興味がある人の比率が、他の病院より多かったように思います。中心的というわけではありませんが、そうした経験を持つ方が何人かいらっしゃいました。また研修中は同じく国際保健やヘルスケアリーダーシップに興味がある同僚や企業の方々と集まって院内外で勉強会をしたりすることもありました。また、保健医療科学院の地域医療研修プログラムに参加させてもらったり、臨床研修の最終研究に病院の医療費未払い問題の分析をさせてもらうなど、自由度の高い病院だったと思います。

(吉川)若手が国際保健の道を進む上で必要なものはなんでしょうか。
(渡部)継続的な転職がキャリアップに必須な不確実な世界で、かといっていつになったら次のポストが取れるかわからないなど不安があります。特に臨床医であれば、激務であっても医局や病院に所属している限りはそれなりにキャリアパスや収入の見通しもあるかとおもいますが、それを離脱して継続的に国際機関で活躍することを目指す場合、自分でモチベーションの維持・戦略的なキャリア計画・ネットワーク形成をしていくことが必要です。
若いうちに途上国の現場の実情を自ら体験するなどして、大きなパッションに基づいて自分のライフワークにしたい課題がある程度見えてこないと、歳をとるにつれて社会的地位や家族の事情など考慮すべき要素も増えてくるので自信を持って続けていくことが難しいかと思います。

(吉川)渡部さんご自身はどのようにそのパッションと自信を得たのでしょうか。
(渡部)フィリピンでのボランティア活動を契機に、学生の頃から継続的に国際保健活動をやっていた上、研修医時代は医療センターの中や外で政策の勉強会などを仲間としていたので、その中で自らが一生かけて取り組みたいUHCという課題がみつかり、今でもパッションと自信を持ち続けることができているのかと思います。
私が思うに、最初の10年の国際保健キャリアとは双六のようなものです。若いうちにしないといけないことはある程度決まっています。医療従事者になってはじめは皆さん臨床研修をすると思うのですが、その後マスター(修士号)を取るのかPhD(博士号)や臨床の専門資格で専門分野を掘り下げるかあるいは途上国でどれくらい専門分野の経験を積むか、順番は違うにせよこれらをクリアしないとそもそも国際保健キャリアのスタート地点に立てません。それぞれのプロセスに進むにあたっては当然仕事や家族の事情等もあると思うので、時間をやりくりしていきながら、1つずつどのタイミングでどれをクリアして自分の市場価値を徐々に高めていくかを計画的に考えなければならないですね。

(吉川)マスターやPhDを取得するための学校はどのように選びましたか。
(渡部)キャリアを進めて行くとプロフェッショナルなインナーサークルからの評価でポジションをとることも出てきます。アカデミックネットワークは特に海外の大学院(マスター)を選ぶ際に自分がどこのアルムナイ(卒業生)ネットワークに所属したいかも含めて慎重に考え、途上国の医療経済分野に強いLSEとLSHTMのジョイントコースを選びました。もちろん何の専門分野を勉強したいか、その分野の権威が大学院にいるかは大前提ですが、
アルムナイネットワークを活用することも国連で働く場合には重要になってくると思います。PhDはどこの大学うんぬんよりも、研究論文の質がネックになるので、自分の希望する研究内容をちゃんと指導してもらえる指導教官がいるところを選ぶことが重要です。

(吉川)今後の展望について教えていただけますでしょうか。
(渡部)国際機関では転職がキャリアアップの前提であり、キャリアのサイクルは3〜5年と言われています。一度国連に入ったら5年くらい同じところにいて結果を出すというのがいいと上司や同僚からも言われています。私は外務省時代からSDGsの交渉に携わりグローバルな枠組み・ガバナンスの構築の仕事をしていて、現在はパートナーシップの事務局としてそれをインプリメント(実施)しています。交渉段階から関わってきたこの仕事はある程度のめどがつくまでやり切りたいと思っています。
ただ、今後国連での幹部職員を目指すのであれば、グローバルな経験だけではなく途上国での現場経験や成功体験も必須なので、次の転職はカントリーレベルでの政策立案・事業実施に携わることを希望しています。
現場での成功体験無しに、自信を持ってグローバルな政策をリードすることはできないですからね。国連の上の方々も現場を経験し、机上の空論ではなくソリッドなコアを持って議論されています。
私はタイミング的に先にUHCの国際的な枠組みを作るという仕事を優先してきましたが、カントリーレベルであると5〜10年結果が出るのに時間がかかるので、しばらくそうしたレベルでUHCに関する実績を積んでいきたいと考えています。

(吉川)これまで様々な機関で様々なご経験をなさってきたと思うのですが、一番楽しかったことはなんですか。
(渡部)何を楽しいと思うかは個々人の性格によると思うのですが、私は何かを新しく作って構築していくのが好きなので、JICA、外務省、WHO、UHC 2030のそれぞれでゼロベースに作り上げていった経験は面白かったです。また、所属組織は違えど同じテーマを似たようなステークホルダーと継続的に仕事ができたことは、物事を多面的な視点から取り組むことができた大変貴重な経験でした。

(吉川)最後に、私と同じく国際機関に興味がある若者に向けて一言お願いいたします。
(渡部)自分がやりたいことも大事ですが、そこに自分のバリューがあるかどうかもきちんと考えなければならないと思います。熱いパッションとこうした冷静な戦略が国際保健には重要です。それらのいずれかを失ってしまうと価値のある仕事ができなくなってしまうと思います。熱いパッションがないと続けていくのは難しい分野ではありますが、ただ情熱を持って推し進めるだけではできないときもたくさんあるので、冷静に戦略を立てて筋道を立ててやっていくという方法と、その時々に適切なパートナーを見つけてやっていくという方法、この2つを駆使して進んでいってもらえたらなと思います。