国際機関邦人職員インタビュー 世界経済フォーラム(WEF) 高橋雅央さん

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世界経済フォーラムと言えば、毎年1月にスイスのダボスに世界中の政治・経済・学術・文化・市民社会などの代表が一同に会して開催される年次総会、通称「ダボス会議」が良く知られています。 

今回は、その運営主体である世界経済フォーラムの本部で活躍されている高橋雅央さんにインタビューを行いました。

1.    世界経済フォーラムのミッションはどのようなものですか?

世界経済フォーラム(以下、WEF)は、1971 年に設立されました。財団法人として活動を展開してきましたが、2015年以降はスイス連邦政府の承認の下での国際機関として活動を展開しています。活動資金は、各国政府からの拠出金をベースにするのではなく、主にビジネス界からの貢献をベースとしています。

各企業や、各産業セクター、各国政府、各地域の枠組み等で取り扱いきれない地球規模の構造的な課題を可視化し、官民パートナーシップ(PPP)の推進を通して、社会課題の解決を加速させることをミッションとして掲げています。 

WEFは、政府・ビジネス界・市民社会・学術界といった様々なセクターが対等に集まることができるマルチステークホルダーの場所と言えるでしょう。各国の利害関係などで、地球益に対してオーナーシップを持つことが難しい状況になった際にも、各セクターが同じように地球益を眺められるような場所であることが組織の存在意義でもあります。

例えば、世界の人口が100億人に達した時、どのように持続可能な形で食糧を供給していくかという課題があります。そこには、水資源の配分や化学肥料の持続的生産、生産地と消費地を結ぶインフラ整備等、個々の事業活動や政策に亘る様々な問題が複雑に絡まってきます。食料は国家の安全保障にも関わる問題ですので、どのようにして地球規模で持続可能な形にしていくかという課題について活発な議論が行われています。

人口増加や気候変動といった背景がある中で、国連食糧農業機関(FAO)をはじめとした国際機関も食糧問題の解決に取り組んでいますが、より大きな枠組みで捉えていかなければならない時に、同じ視点からアジェンダを捉えて、共通の目標に向けたアクションを考えていけば、より大きなインパクトをもたらす、セクターの枠を超えた取組を加速することが可能になると考えています。

このように、地球規模の課題を捉えて、中立的な場として議論のフレームワークを用意し、解決に向けた協力を促進していくことが我々の役割であると思っています。

2.    WEFでは、どのような国籍の職員が、何名くらい働いているのでしょうか。

現在は、概ね700名が働いています。本部はジュネーブに所在し、ニューヨーク、サンフランシスコ、北京、東京に拠点が所在しています。

拠点ごとに個々のミッションもあります。例えば、サンフランシスコ拠点は、第四次産業革命センターと称し、昨今の技術イノベーションがどのように社会システムの変革を促していくか、次なる社会の仕組みを創造していくかといった内容のプロジェクト群を集約し、取り組みをすすめています。

東京の日本オフィスでは、日本のビジネス界や政府との良好な関係を築いていくことがミッションであり、職員数も増加させているところです。また、課題先進国でもあり様々な解決策が存在している日本が、国際社会に対して貢献できる事柄を発掘し、世界とつないでいくことも、日本オフィスに期待されています。 

WEF全体では、日本人数名も含め、約80ヵ国から職員が集まっており、世界の縮図のように思えます。しかし、職員は各国の代表として職務に従事している訳ではないので、中立の立場から課題解決に当たっています。

我々の組織の命題を考えると、世界の課題に対して、少し先を行ってアジェンダを提示し続けることも重要な役割となります。様々な世界の動きを、動き続ける台風に例えるならば、WEFは常に台風の目に位置していなければならないと考えています。台風の目は無風ですから、WEFも全体を俯瞰し、複雑に絡まり合った事象を整理しながら、社会の中での課題を位置づけ直すという場であり続けなければならないと考えています。 

WEFという組織自体についても、新たに現れる課題に対してダイナミックに、変化を恐れず進んで行き、起業家精神のような感覚で取組を考えていくところが、組織の力の源泉であると思います。

3.    現在、高橋さんがどのようなお仕事をされているのか教えてください。

私は日本とWEFとの関係を深めるために入職したのですが、現在は、アジアや中東といった各地域のビジネス界と、世界規模での大きな論点との接点を紡いで、地域のアジェンダを策定するためのプロジェクト全体を統括しています。およそ1000のグローバル企業や400の地域トップ企業のCEOと連携して、各地域のアジェンダ策定に向けて動いています。

アジアの文脈でいえば、ビジネス界のリーダーとアセアン経済圏をどのように作り上げていくか、第4次産業革命といったテクノロジー、イノベーションを活用してどのように課題解決を加速化していくかといった議論をする場を設けています。

また、中南米や中東、欧州など各地域の目線とグローバルな目線を掛け算しながら、今起こっている課題やこれからの社会システム創りに向けた動きをどのように地域のインパクトに繋げていくのか、ビジネス界のリーダーやWEFの地域統括の同僚たちと連携して作り上げていく業務を行っています。

個人的な関心事項としては、高齢化の問題に伴って社会システムをどのように持続可能に作り上げていかなければならないか、というテーマに興味があります。9月にハノイで地域会合を開催した際にも、タイの高齢化問題についての発言がありました。高齢化の問題は日本や欧州では大きな課題になっていますが、実はどのような経済レベルの国にも存在している課題で、優先順位の違いではないかと思います。

例えば、高齢化と不可分の医療制度について取り上げると、医療へのアクセスについての大切さはだれも否定しないと思います。医療インフラの整備は、各社会、特に発展を遂げる経済を堅実なものにするためにも必要不可欠です。しかしながら、整備のみならず、どこかのタイミングで予防政策を考えていかなければ、医療費の問題など新たな社会課題が出てきます。こうした問題が将来的に顕在化する前に、日本の経験が役に立つかもしれません。

地域の10年後、20年後を見据えた時に、異なった国々や地域間で学び合えることがあるのではないかと感じています。WEFが、こうした知見の共有ができるプラットフォームになればと願っています。

4.    高橋さんがWEFで働き始めるまでの経緯について教えてください。

私は、WEFで働き始めて8年になります。前職では、企業の経営コンサルティングや社会システムの変革提言等、セクターの枠を超えた形での業務機会があり多くの学びと挑戦の機会をいただきました。ただ、日本の枠組みを超えたところからもっと多様な働きかけをしていきたいという想いが募ってました。地域、セクター、技術、知恵等、これまでつながっていない点と点をつなげることで面白いこと、そして社会インパクトをもたらす貢献ができるんじゃないかと漠然と考えていた時にWEFに出会ったのです。

また、長らく開発というテーマに関心がありました。経済を回さないと社会は持続的に成長していかないのではないかという個人的な思いがあり、ビジネス界が一体となって、社会課題と対峙していく世界観がWEFにあると感じて入職しました。

前職でガーナの栄養改善プログラムに関わっていたことがあるのですが、その時に介入者である我々が良かれと思って行った介入が不可逆的な変化を起こしていて、介入が失敗だったからといって元に戻すことができない場合があると認識しました。

自分が社会に良いインパクトを起こしたいと思って取組んできたことが正しいか確信が持てなくなり、より広い視点から課題を捉えなおしたいという思いが強くなってきた時に、WEFのビジネス界に留まらず、様々なアクターを巻き込んで未来を描いていくというビジョンに共感したというのもWEFに入職した理由です。

前職は野村総合研究所で、10年間働き、その間、スペインに2年間留学していました。もともと日本の大学で海洋工学を学んでおり、環境問題にも関心を持っていました。当時、環境というと、工場の排出規制などが議論の主流だったのですが、規制するのではなく「もっと綺麗にしたい」と思えるようなインセンティブシステムを社会にデザインできると、世の中がもっと良くなるのではないかと考え、民間と政府の間で実現できるところはどこかと探していた時に、野村総合研究所に出会いました。

野村総合研究所では、本当に多くの経験と学びの機会を頂きました。民間企業のマネジメントについて学ぶと同時に、どのように政策に反映させていくかを考えた時に、官民連携の仕事に辿り着きました。セクターを超えた組み合わせが生み出す取組をコーディネートしていく中で、様々な観点から物事を俯瞰して見る力を養うことができました。

こうした経験が現在の仕事に生きていると感じています。WEFの職員のバックグラウンドは多様で、私が所属している部署では経済界出身の職員が多いですが、中には外交官や国連職員から転職されて、政府セクターとWEFとの関係を紡いでガバナンスを構築していく役割を担っていらっしゃる方々もいます。

5.    最後に、WEFや国際機関を目指す若者に、ひと言メッセージをお願いします。

国際機関を目指しておられる方々には、社会の様々な課題を解決したいと考えておられる方が多いかと思います。

それらの課題は複雑に絡み合っていて、その根本的な原因も多様であり、目先の見える課題を解決すれば終わりという訳ではありません。特定の課題を解決したことによる波及効果が新たな課題を生み出すこともあります。是非自らの注力する課題だけでなく、その周辺の連係課題も含めてシステム思考で課題構造をとらえ続けてほしいと思います。

その課題構造の複雑さを目の前にすると、一人一人の微力さを感じると思いますが、全体像を持って個々の持ち場からできることに取り組むことが大きな貢献につながる協力と努力の積み上げの第一歩になると思います。そういったことを俯瞰的に関わるのが好きな方には、WEFのような機関もダイナミックに仕事をしていける場所だと思います。 

WEFで働く働かないにかかわらず、システム思考で広い視野を持って課題解決に取り組んでいただきたいということと、ご自身の軸を大切に持って今居るところからできることに全力を尽くし続けると、きっと、セクターや国の枠を超えて活躍をすることができると思います。


(インタビューを行ったWIPOジュネーヴ本部にて。時折パンフレットも交えつつ、丁寧にご説明くださいました。)


(聞き手:モンルワ幸希/書き起し:髙木超) 

モンルワ幸希(MONROIG, Miyuki  世界知的所有権機関(WIPO)ジュネーヴ本部 著作権・クリエイティブ産業部。日本の中央省庁等を経て2009年渡仏。フランスの法律事務所での弁理士業務等を経て、2015年よりWIPO勤務。著作権法課を経て、2018年より著作権管理課所属。

髙木 超(TAKAGI, Cosmo)SDGs-SWY共同代表、明治大学プログラム評価研究所アカデミックフェロー。神奈川県大和市職員等を経て、「自治体におけるSDGsの活用」について調査研究するため2017年に渡米。世界基金評価室などでのインターンを経験し、2018年より現職


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