国際機関邦人職員インタビュー第3回:進藤奈邦子さん WHO パンデミック及び流行危険感染症部臨床管理課コーディネーター
インタビュー第3回は、世界保健機関(WHO)で流行感染症の臨床管理部門をリードされている進藤奈邦子さんにお話を伺いました。
進藤さんはSARS、インフルエンザ、エボラ出血熱、中東呼吸器症候群(MERS)など、様々な感染症の流行に対する対策をリードしてきました。7月から新しく就任されたポジションでどのようなアプローチから感染症の流行対策を改善しようとしているのか、また、キャリアに関する考えなどをお聞きしました。(聞き手:濱田洋平)
濱田:現在のお仕事の内容について聞かせてください。
進藤:7月の初めから流行感染症の臨床管理部門のシニアマネージャーになりました。現在WHOではEmergencyとHealth security をめぐった大改革が起ころうとしていて、その一環でできた新しい部門です。この部門では、患者さんに一番近いところで危険な感染症の管理、治療を改善することで、重症化や患者死亡を減らし、そこからアウトブレイクレスポンスのダイナミクスを完全に変えていこうとしています。今までは患者さんを隔離することで流行の伝播を防ぐ事が基本でした。でも今は交通網が発達して感染症が急速に地域外、国外に広がるようになってきているので、今までのような古典的な方法だと伝播を防ぐことが難しくなっています。
例えば2009年のパンデミックインフルエンザの時は、世界中に広がるのに3か月かかると予測されていましたが、実際は9週間でした。このような状況だと、今までのように患者さんを追いかけて隔離していくというアウトリーチ型の方法だととても間に合いません。そこで、患者さん、感染者に接触した人が自ら名乗り出て、自主的に医療機関を受診し、感染防御対策を受けるようにもっていく事で、全体のアウトブレイク対応のダイナミクスを変えていきたいと思っています。
そうやって患者さんを呼び込むためには、医療機関で患者さんの管理、治療ができないといけません。そのためにも速やかに治療が提供できるシステムを作ろうとしています。通常治療薬が開発されてから実際に臨床応用されるまでは非常に時間がかかります。そこで2つの路線を考えていて、その一つはすでに承認されている薬の中から活性があるものを研究所でスクリーニングする方法です。 そして活性があるもので動物実験を行い、有効性が証明されれば、もともと安全性が承認されている薬なのですぐに第三相試験[1]までもっていきます。
もう一つの方法としては研究段階にある薬の承認申請プロセスを早める方法です。第一相試験、第二相試験を大急ぎでやって、第三相試験にもっていきます。途中のプロセスでどうしても人間に対して研究ができない場合は動物実験でよい事にします。こうやって治療薬開発から臨床応用までの期間を数週間から数か月の単位に押し縮めて、できるだけ早く現場で使用できるようにしようとしています。また、そのためには研究の倫理審査も速やかに通すことが重要なので、ある程度雛型になるWHOの包括的なプロトコールを作って事前承認してもらい、すぐに現場にもっていけるようにするという努力もしています。
また、臨床試験をするためにはプロが必要なので、臨床試験の専門家集団を呼んで、現地の医師と一緒に臨床研究ができるような体制にしています。また、今までのアウトブレイクで派遣されるのは、普通は疫学者、コミュニケーションの専門家、人類学者などでしたが、もっと患者さんに近い、例えば集中治療の専門家なども送れるようなシステムを作っています。今回の西アフリカでのエボラ流行への対応でWHOは批判を受けましたが、その点はうまくいって評価を受けました。
例えば、世界銀行総裁からも、「WHOは21世紀にもなって患者を隔離しているだけで治療をしていない」という批判を受けました。しかし、実際には私たちはエボラの治療ハンドブックを作り、臨床医を現地に送って患者の治療を積極的に行いました。さらに治癒血清[2]の臨床試験の実施や、ワクチンや治療薬がすぐに現場で使えるようなシステムをパートナーと作っています。
今回のエボラ流行の最初の数か月で、数千人の医療従事者のトレーニングを行いました。その半分以上は海外から医療者で、ほとんど危険感染症を扱った経験がなかった人たちでしたが、積極的に治療に携わってもらえるようにしました。特に、ウガンダでは毎年のようにエボラ、マールブルグ出血熱のアウトブレイクが起きていたので、すでに各地の拠点病院でトレーニングを行い、出血熱を扱う事ができる人材が育っていました。そこでサウスサウスコラボレーションとしてウガンダの医療従事者をエボラの流行国に派遣して、長期に滞在してもらうことで、エボラ治療ユニットを維持することができました。これらの点についてはWHOのマーガレット・チャン事務局長も高く評価をしてくれて、臨床管理部門のリーダーに任命される事になりました。
濱田:先ほどEmergencyとHealth securityをめぐった大改革が起きているとおっしゃっていましたが何がきっかけだったのですか。
進藤:最初は2009年のパンデミックインフルエンザがきっかけでした。インフルエンザで予算がついて、政治的なプッシュもありとても前進しました。パンデミックインフルエンザで枠組みができあがっていれば何にでも応用できます。ただ、今までは隔離、ワクチン、サーベイランス[3]が対策の中心でしたが、それだけではなく、感染者の周りから対策を行って、隔離するだけでなく感染防御対策をして、ちゃんと治療ができるようにしていきたいと思っています。
治療薬があれば人はそんなにパニックになりません。新興感染症、アウトブレイクで重要なのはパニックコントロールですが、薬があるというのがわかっていればパニックは起こらないし、患者さんも医療機関に自分から来てくれるので、アウトブレイク対応のダイナミクスを完全に変える事ができます。でも、ウイルス性疾患だと特定の治療薬がないので「対症療法をおこなって後は見守るだけ」というのが一般的ですが、それを変えたいと思っています
もう一つ、特定の治療薬がなくても、ちゃんと重症者の管理ができれば死亡率を減らすことができます。例えば一般的にICUに入ってくる患者の死亡率は、いろんな原因を合わせて全体として18-19%とされています。実際にエボラでも先進国に移送された患者の死亡率はそこまで下がってきています。そうすると、エボラにおいても一般の重症患者と同じくらいまで死亡率を下げることができるという事で、集中治療の大切さが強調されると思います。抗ウイルス薬は病期が進んでいると効果が少ないので、それ以外の所で死亡率を下げるためには適切な集中治療が重要です。
ユニバーサルヘルスカバレッジは草の根的に医療の質を底上げしようというアプローチですが、私たちのアプローチは、重症疾患を対象にして国の中の「ベストオブベスト」をトレーニングする事で、そこからカスケード効果を狙って最終的には医療の質を底上げできないかという逆転の発想です。例えばプライマリーケアをしっかりしようとても、裾野が広すぎてみんな引いてしまいますが、ICUではリソースが絡んできます。
面白いデータで、全世界の人工呼吸器の消費の70%は中所得国で占められているというのがあります。つまりそこにはマーケットがあるという事で、例えばインドネシアで私たちがトレーニングプログラムを導入したら、国内の集中治療学会が人工呼吸器の会社と組んで、自国のプログラムが走るようになりました。インドネシアのような国はODAをもらっていて、日本も保健分野にお金をかけているので、こういう所ではきちんと資金が繋がります。ですから、こちら側でプログラムを作って、初期のトレーニングだけをしてあげれば、あとは自国のプログラムとして走っていきます。こういうアプローチを、特に「ホットスポットカントリー」と言われる、新規感染症が発生する確率の高い国を選んで行っています。
濱田:キャリアに関する事などもお聞きしてもいいでしょうか。国連では様々な国の人々と一緒に働く事が多く、難しい事もあると思いますが、進藤先生はどのようにお考えですか。またどのような事を心がけていますか。
進藤:「日本人ははっきりものを言わないからはっきり言え」とよく言われますが、国連ではあまりはっきり言っちゃいけません。人の批判などは絶対ダメで、すごく気を遣う必要があります。私も最初はっきり言いすぎてスーパーバイザーから注意を受けました。私はテクニカルな点で詰めが甘いと突っ込んでしまいますが、個人攻撃ではなく仕事の質の話をしていても、ワークプレイスハラスメントと受け止められたりします。国連は非常に競争が激しい世界なので、一人抜きん出た人がいるとみんな何か悪い点を見つけて批判をして、足を引っ張ってこようとします。だから、物事をはっきり言わないといけないといわれる欧米社会ですが、すごく気を遣う必要がありますね。マネージメントの一番大事なルールで「
You don’t manage people, you manage project」というのがあります。リサーチの世界では、人が育たないといいがリサーチができないので、人材育成を心がけていました。でも、WHOではすでにできあがった人が入ってくるので、途中からはなかなか変わりません。なので、努力をしないで自分のテリトリーを守ろうとだけする人も多いです。そういう時に、どれだけその人のできる仕事を探して渡すか、その人が不安にならないようにするかに気を遣いました。
濱田;日本人で国連のマネージメントクラスになる人は少ないですが、どのような事が必要だと思いますか。
進藤:国連では4人のパネルを相手にした「Competency based interview」を乗り越えなくてはいけません。そのために質問に対する答えを用意し、練習をしっかりしておく必要があります。私も面接側に座る事がありますが、そこから見ていて思うのは、コンピテンシーを満たすために個人がどういう経験をしたのか、どのように乗り越えてきたのかといった個人的な経験をパネルは聞きたがっています。でも日本人は、一般化して優等生的な答えを言おうとしてしまう傾向があります。「Competency based interview」を個人的な経験に基づいて自分のセールスに使う事ができません。こういった点はコーチングが必要なので、今後私自身も若手の人々に提供できる事だと思っています。
また、インタビュー自体の準備も非常に重要で、コンピテンシーごとの質問に対する答えをきちんとすべて用意していかなければなりません。面接中も意地悪な質問が来たりするので、それを受け止めて自分が言いたいことを投げ返す事ができるように練習が必要です。私自身もコーチと練習したり、トレーニングコースを受けたりしていたので、そこらへんは自分の強い部分でした。また、プレゼン試験の前には、ぬいぐるみを並べてアイコンタクトをとりながらプレゼンの練習をしたりしました(笑)。
あとは語学です。フランス語で生活している環境では、できないなりにもフランス語を勉強している努力をみせるのが重要で、全くしゃべれないのは許されません。少しは話せる程度になっておく必要があります。というのも私たちの仕事はいろんな国に行く事が多くて、その国を理解する第一歩はまずは言葉を理解することです。そういう態度をみせられる程度には言語を勉強しておく事が必要です。語学などにバリアがなくなんでも取り込む姿勢が必要だと思います。
濱田:最後に国連でキャリアを積んでいきたい若手にメッセージをお願いします。
進藤:いろんな働き方もあると思いますが、国連は異動も多いし、特に女性は早めに身を固めておいた方がいいと思います。30代~40代中盤まで輝かしいキャリアを積んできたのが、急にガラスの天井にぶつかってしまう事があります。昇進も止まって、下からは若手の突き上げが来て、日本に帰ったら親は年を取っていて、鏡を見たら自分自身も年を取っていて、いろいろな精神的プレッシャーが一気にやってきます。精神的に不安定になり前に進めなくなってしまい、日本に帰って仕事を探そうにもいい仕事がなかったりして、壁にぶつかってしまう人が多いです。それを乗り越えて闘っていられるポジティブな力を持つためには家族がいた方がいいと思います。仕事以外で自分が存在できる場を持っていなくちゃいけません。
上に上がれば上がるほど、政治が絡んできて競争も激しく、信じられないことがたくさん起きます。それを笑ってかわしていけるかどうかは、家族がいて自分を維持できる環境があるか、自分を自分として認められる環境があるかが重要だと思います。なかには精神的に強く一人でも平気な人もいますが、そういった人は少ないと思います。「キャリア一本で生きてきたのに出世が止まってしまったら自分の人生はなんだったの」、そんな風に思うくらいだったら、ダメ元で結婚してみるといいと思います(笑)。一回しておかないと絶対に後で自分を責めてしまうと思います。国連で働いていれば自分も生活能力があるので、夫婦のキャリアパスが重ならず、もし将来的にうまくいかなくても、その時はその時で生活していけるので何とかなります。だからあまり悩むことなく、人生の過程として恋に落ちて誰かとパートナーになって、子供を作って家族を作って、人間としての人生をちゃんと積みながら国連人として成長していくべきだと思います。そうじゃないとなかなか闘っていけません。
インタビュー後感想:医療者が患者を追いかけるのではなく、逆に自ら来させるように医療機関でのマネージメントを改善することで、アウトブレイク対応を変えるという発想が非常に斬新であった。また、面接、キャリアについてなど実践的なアドバイスを聞くことができ、とても参考になった。特に、「キャリア以外の人生も楽しみながら成長していく」という視点を自分自身も忘れずに成長していきたいと感じた。
聞き手プロフィール:濱田洋平 世界保健機関ジュネーブ本部・グローバル結核プログラムに国連JPOとして勤務。
[1]通常、薬が承認されるまでには健康成人を対象とした第一相試験、少数の患者を対象にした第二相試験、多数の患者を対象とした第三相試験の三段階の臨床試験を経る必要がある。
[2] 治癒した患者から得られた血清。治療に用いられる。
[3] 感染症の発生数などの情報を継続的に集めて発生動向をモニターする事。
[4] 多種類の細菌に対して効果がある薬剤の事。原因となる細菌がまだわからない初期段階で、重症患者に対して使用する事が多い。
[5] 感染症の原因となる微生物に対する抗体を人為的に作成し、薬剤として投与する事ができる
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