国際機関邦人職員インタビュー 女性のキャリア形成座談会
JSAG
(写真左:山科さん、写真右:斉藤さん)
そうですね、わかります。私も少し似ているのですが、最初は国際機関とか国連とかまず何も知らず、大学院のあたりからずっとポストに応募していたのですが、だんだん大学を卒業してすぐに国連に入れるほど甘くはないということがわかって、卒業後収入を得るためにも、まずは東京にあるイギリスの法律事務所に入りました。英語で仕事をしたことがないので、英語で仕事をするマナーを知りたいと思ったためです。その仕事をしながら、様々なNGOにたくさん応募しました。なにをしたいというより、とにかく採ってくれて、給料を払ってくれる団体であればどこでもいいということで、ベストを尽くしました。外からみているのと中からみているのは違うので、与えられたものの中でベストを尽くして、その中でどうやって自分のしたいものにつなげていくか、という感じでした。JPOのときはすごくラッキーでチョイスがあったので私の中で国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)
かUNICEFかUNHCRか、その三つでした。自分に近いマンデートを考えたとき子供か難民なのか、というところで子供の方がしっくりきたのでUNICEFに決めました。UNICEFに入る前もフィールドで働いていた経験があったこともあり、グローバルレベルではどうやって意思決定がされているのか、なぜフイールドと本部で乖離があるのだろうと思ったので、フィールドからグローバルレベルにきました。今はもうわかったので、カントリーオフィスに戻りたい気持ちがあります。
現在の仕事内容について
(古川)
ここまで、これまでのキャリアについてお話をうかがってきましたが、現在のお仕事についてもお聞かせください。
聞き手:古川友理さん
(国連環境計画(UNEP)
インターン/
Smith College在籍)
これまでの経歴
(古川)
現在に至るまでの職歴を教えてください。
(斉藤)
大学、大学院(公衆衛生学)を卒業してから、JPO
(Junior Professional Officer)派遣制度
で国連難民高等弁務官事務所
(UNHCR) に入りました。ミャンマーで働き、その後は世界食糧計画
(WFP) に移ってアンゴラで働き、それからUNHCRに戻ってグルジアで勤務しました。9.11の後にはパキスタンで緊急援助、そしてザンビアで難民キャンプのキャンプマネジメント、コロンビアで国内避難民の援助をした後、一旦落ち着き、国際人権法を勉強するためロンドンに移動しました。無給休暇を取ったのですが、アンオフィシャルな理由としてはこの辺で人生のパートナーを見つけようかと(笑)。ただしロンドンでは見つからなかったため、次はフランス語を勉強するためパリに移り、現在の夫と出会いました。その後ジュネーブのUNHCRのポストにつくことができ、子供もここで生まれました。幼い子供を抱えて途上国にいくのは不安だったので、ジュネーブで働き続けられるポストはないかと探していたところ、WIPOで新しく創設された「ジェンダーと多様性の担当官(Gender
and Diversity Specialist)」のポストを得ることができました。それからWIPOでは6年働いています。
(山科)
大学、大学院と国際人権法を勉強しながら、日本国内で国内人権機関の設立を目指すNGOで研究者としてインターンをしていました。その間、人権法の研究者より自分はプログラムをする方があっているなと思ったので、大学院を卒業し、法律事務所で勤務後、東京のNGOに勤めてすぐにアフガニスタンに行きました。その後は日本赤十字社でスリランカの津波の復興支援と内戦の復興支援を行い、国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)で中国の四川大地震の復興に携わりました。スリランカの時から、緊急支援というのは癌患者にファーストエイドをしているようなものだと思い、開発に移りたいと考え、UNICEFのジンバブエオフィスでJPOとして勤務しました。ジンバブエでは3年半過ごし、その後南スーダンに移り2年4か月勤務した後ユニセフを一旦退職し、フランスでフランス語の勉強を一年ほどした後、コンサルタントをしたりして、現在UNICEFジュネーブ事務所におります。
(古川)
どうして国際機関を選ばれたのですか。
(山科)
小学5年生の頃からアフリカにいく、と書いていました。湾岸戦争の映像をみて何かしなくてはと感じ、どうやったらこういう仕事につくのか探していたら、「国際公務員になるためには」という本を見つけ、そこへの迷いはその時からなかったんです。でもどの機関に行きたいのか、何がしたいのか、という迷いはありました。
(斉藤)
大学生の時にメキシコでのボランティアをしました。簡易トイレを作り歯ブラシを配りながら地元の女性や子供たちと公衆衛生の大切さについて話し合いました。その時の経験がきっかけだったのと、より大きなインパクトを生み出したいという思いから、一つの選択肢として国連を目指すことにしました。 国際協力機構(JICA) にも応募していました。国際援助をしたい、という思いがあって、それができるようになるためには何をしたらいいかを考えたときに国連がありました。
キャリア選択の軸
〜若い頃は与えられたものにベストを尽くし、選択肢が増えてきたら自分の心に正直に〜
(古川)
お二人とも様々なご経験がありますが、何を軸にキャリアを選択されましたか。
(斉藤)
一番大きかったのは自分の気持ちかなと思います。選択肢が沢山あった訳ではないし、挫折もありました。自分のベストを尽くしつつ、選択の余地がある時は自分の気持ちがどっちに沿っていくのかを考えて決める、ということだと思います。
選択ということで最近悩んだのは、このままWIPOに残るか、UNHCRに戻るか、ということでした。この決定は100%自分の意思にかかっていたので、それはもう2年くらい毎日のように考えていました。でも結局、UNHCRに戻ることを決意しました。その時、波立っていた自分の心が、湖の表面がスーッと凪いだように静かな気持ちになりました。決断した時、正しい選択をしたと思えました。それまではずっと長いPros
and Cons (良い面と悪い面の)リストを作ってみたり、いろんなことをしてみたりしたんですが、結局納得できる決断ができました。
(山科)
出産、子育てとキャリアの両立について
(古川)
フィールドからグローバルオフィスに移られたというお話がありますが、フィールドで出産、育児をしていくのは様々な壁があるかと思います。斉藤さんもそういった理由があって、ジュネーブに残られたのでしょうか?
(斉藤)
そうですね。UNHCRの場合、本部のオフィスで5年間勤務したあとは転勤でフィールドのオフィスにいくという決まりになっておりますので、その際少し躊躇がありました。この時たまたまWIPOの仕事で採用してもらえたので、ジュネーブに残りました。
(古川)
出産、育児という観点から、これから国連職員を目指す特に女性に何かメッセージはありますか。
(山科)
私は子供はいないですが、欲しいので、逆にジュネーブからカントリーオフィスに戻ろうと思ってます。UNICEFのカントリーオフィスであれば、家族で行ける勤務地も多いので子供が育てやすいことがあります。ジュネーブでは物価が高くなってしまうのに加え、そういったカントリーオフィスの方がジュネーブでは受けられないサポートがいくつもあることも理由です。そういう意味では、フィールドで子育てができない、ということではなく、色々なチョイスがあります。
(斉藤)
その通りで、場所にもよりますが、フィールドの方が金銭的には安い対価で子育てや家事のサポートを得られることが多いと思います。フルタイムのヘルパーさんに子供の面倒をみてもらうこともできます。これはジュネーブではお金がかかりすぎてとても出来ません。そういう意味では、国連職員として子育てをしていく上で、これが絶対に必要ということはないですが、やはりいいパートナーがいたら助かります。もう一つは理解のある上司がいることも大切ですね。そしてオフィスカルチャーもあるかと思います。休みをとるのが難しい職場があるのも事実です。
(山科)
そういう意味では、組織が自分を守ってくれると思ったら間違いで、自分で何を成し遂げたいのかを考えながら組織を活用しつつ、自分でキャリアのコントロールをすることが大事だと思います。誰も休みをくれないですので(笑)。
(斉藤)
私は無給休暇をとって本当によかったと思います。それでパートナーも見つかったので、これから国連職員を目指す方にはそういうオプションがあることも知って頂きたいです。(長期契約が取れてからの話ではありますが)国際機関の間での異動もフレキシブルなので、自分でアクティブに探して、動くことも大事です。そして自分の意思を大切にすること。私が一度OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のオファーをもらい、喜んでいた矢先、上司に「今はとても出ていってもらうわけにはいかない」と言われまして...あとから考えると、あの時どうして「行く!」と言わなかったかと後悔することもあります。色々応募してオファーもあったりなかったりする中、上司や周囲とのネゴシエーションをしながら、ポジションは勝ち取っていくものですね。
(山科)
ただ、なかなかポジションを勝ち取るということはうまくいかず、何年か前から考えておかないといけないですね。私も南スーダンに2年半いて、本当は動いてもいいのですが、どうしても「私が動いてしまうと…」という思いがありましたね。日本人はみんな責任感があってこういうケースに陥りがちだと思うのですが、私は、事業のお金を一年分確保すること、私がいなくても事業が回るようチームを作ること、そしてただ休みたいだけではない何か理由をさがすこと、というようなことを考えて、少しずつクリアしていきました。ですから、長い目で考えていかないとなかなか動けないし、長い目で考えてばかりいると、その場で結果を出せないということもあります。途中でやめても、いくらでもキャリアはつながります。キャリアは一個ではないですし、結果は嘘をつかないので、国際機関に戻ってくることもできますし、コンサルタントとして自分で仕事することもできます。自分で自分のキャリアを作っていけるという意味では、国際機関は女性にとってとても働きやすい職場だと思います。
(斉藤)
国際機関で働く日本人は女性のほうが多いですしね。
(古川)
ここまで、これまでのキャリアについてお話をうかがってきましたが、現在のお仕事についてもお聞かせください。
(斉藤)
まずベースとして、ジェンダー平等というのは「人権」ですので、それを守らないといけない、というのは一貫しています。それはUNICEFでもWIPOでもUNHCRでも各国政府であっても民間企業であっても必ず守られなくてはならない人権であるということです。
それをベースにもって、では国際機関がそれに貢献するには何ができるかというと、UNICEFとWIPOでは役割が違いますので、そこで違いが出てきます。WIPOの使命のひとつは、より効率的に使える知的財産のシステムを構築することです。知的財産のシステムを考えた時に、それは誰が使うシステムなのか、女性であり、男性であり、途上国の人であり、先進国の人であり、あらゆる人が使えるシステムでなければいけないのではないかということを、WIPOは提言し続けています。WIPO内部でもWIPOと一緒に働いている政府代表部の間でも、知的財産の領域においてはジェンダーギャップが大きいという理解が浸透してきました。
(山科)
ジェンダーに基づく暴力を防止するプログラムに関しては、例えばsocial
norm (社会規範)
を変えるようなプログラム、それからジェンダーに基づく暴力の被害者を支援をするシステムをつくる、ということが基本です。現在私がしているのは、UNICEFのOffice of Emergency
Programme (EMOPS) の中のGlobal
Cluster Coordination Unit でUNICEFがリードするクラスター(子どもの保護、教育、栄養、水と衛生)がそれぞれの活動分野でジェンダーに基づく暴力のリスクを軽減し、女性や子供が安全に人道援助支援にアクセスできるようなサポートです。例えば女性が避難キャンプなどでトイレに行く際にハラスメントを受けたり、保守的な国では女性が男性からトイレに行くのを見られてはいけないという国もあったりして、そのような女性の意見を取り入れないと女性と子どもがトイレに行けない、行ったらそこでジェンダーに基づく暴力などの危険な目に合うということがあるので、そのような問題を少しでも解決できるような支援をしています。以前は、どうして女性、子供の視点を入れないといけないのか、という声があったものの、今は誰もそんな質問はしなくなりました。だいぶメンタリティが変わりましたね。”why”から”how
do we do that”になりました。
(古川)
現在のお仕事において掲げられている理想と現実のギャップがあれば教えてください。
(山科)
私はギャップだらけです。特に人道援助はお金もないですし、ミドルキャリアの人たちもいなくなる中、やらなくてはならないことは山ほどあるのにできることがほぼないような状況です。できないことが多すぎて、それが葛藤には多々なるのですが、長い目でみて、数年後に何を達成していたくて、それには何が必要なのかという視点を持ちつつ、一つずつできることをクリアにしています。結局なんでも一歩目からにしかならないので、とにかく一歩進んでいます。ただ、人道援助の一番厳しいことは、前に一歩進んでも、後ろに10歩くらい下がらないといけないことがあったりするんです。大きな戦争が始まったり、政府が予想外の決定を下したり、せっかく準備したことがまるっきりひっくり返ることもあります。そういう意味では、人道援助に関わりたい人が意識すべきことは、ほぼ何もできないなかで、なにができるかということを考えて少しずつ前に進むという現実だと思います。そしてできたことがあれば喜ぶ。長い目で後ろを振り返ると、ポジティブな成果があることもあります。みんなに合うわけではない分野だと思います。もし違うと思えば、変えてみるというのもありです。とにかく心を強く、でも無理だと思ったら違う道を探すことかと思います。
今後のプラン〜プライベートと両立させてキャリア構築を続ける〜
(古川)
お二人とも本当に貴重なお話をありがとうございました。最後に、今後プライベートでもキャリアでも達成されたいゴールを教えてください。
お二人とも本当に貴重なお話をありがとうございました。最後に、今後プライベートでもキャリアでも達成されたいゴールを教えてください。
(山科)
私は、斉藤さんが達成されたように、家族をもって、キャリアを続けていきたいです。自分のパッションとしては国の政府と一緒に国づくりをしていくことがすごく好きで、UNICEFは緊急人道援助もでき、それを通じて国づくりをすることもできる機関なので、UNICEFの一員として続けていきたいなと。そしてワークライフバランスをみつけて家族を作っていけたらなと思います。
(斉藤)
私も今回、家族を持って初めての転勤になりますので、ここが頑張りどころかなと思っています。子供が8歳で、これからブダペストにいき、新しい学校に入って、変化にうまく対応できたらと。夫もついてきてくれるので感謝しています。仕事の面では、今度上司になる人に聞いてみたんです。「私に何を期待してるんですか」と。少し考えたあと、「奇跡を起こしてほしい。一年に一個でいいから!」と言われました(笑)。
でも、奇跡を起こすなんておこがましいことは考えずに、周りをよくみて、少しでもポジティブな貢献できるよう働きかけていけたらと思っています。今度の仕事は方向が変わりまして、職員研修を行う部局で、リーダーシップ・マネージメントを担当する予定です。そこでもまた、ジェンダー平等、Diversity
& Inclusionの視点を活かして頑張っていけたらと思っています。
(写真左:山科さん、写真中央:斉藤さん、写真右:古川さん)
16:04
インタビュー
国際機関邦人職員インタビュー 国際移住機関(IOM) 服部真衣さん
JSAG
今回は、国際移住機関(IOM)の事務局長室Gender Coordination Unitにお勤めの服部真衣さんにお話をうかがいました。服部さんは今年春からIOMでの勤務を開始され、IOMの前は同じくジュネーブの国際労働機関(ILO)にてジェンダー平等に携わられており、両機関での仕事の内容から国際機関を志すようになった契機まで広くお話いただきました。聞き手はジュネーブ大学に交換留学をされていた鈴木詩織さんです。
国際機関での勤務に至る経緯
鈴木: 服部さんは現在IOMで勤務されているとのことですが、IOM勤務に至るまでの簡単な経緯を教えていただきたいです。
服部: はい。秋田にある国際教養大学を卒業後、英国ロンドンの大学院で社会政策とジェンダーについて学びました。大学院修了後、ロンドンにある政策研究機関に就職し、ジェンダー平等、ワーク・ファミリーバランス(*家事や育児などの無償ケア労働と有償労働とのバランス)、ダイバーシティー関連政策のジュニア政策研究者として勤務しました。その後、日本に帰国し、国連機関の駐日事務所でインターンシップ(無給)をはじめました。その間、ILOインターンシップの募集を見つけ、ずっとILOの仕事に関心があったことからインターンシップに応募しました。学生時代からカウントすると三度目の応募です。
鈴木: ILOに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
服部: 高校生の頃、児童労働に関するドキュメンタリーを観て、当たり前に教育を受けられる自分の置かれた環境がとても恵まれていることに気づき、衝撃を受けました。児童労働について本やインターネットで情報収集をする中で、ILOの児童労働撤廃に関する仕事を知り、興味を持ちました。ILOでは、Gender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch のインターンとして6ヶ月、その後短期契約スタッフとして勤務しました。今年の春から、IOMのGender Coordination Unitからオファーをいただき、IOMに就職しました。Gender Coordination Unitでは、IOMプロジェクトのジェンダー主流化に関する業務を担当しています。
ジェンダーをキャリアの軸にした理由
鈴木: 最初にジェンダーに関するお仕事をされたのはロンドンでの勤務とのことでしたが、なぜジェンダーに関するお仕事を選ばれたのですか。
服部: 日本で育った私には、ジェンダーについて考えることも学ぶ機会もありませんでした。ジェンダーという単語の意味も知りませんでした。きっかけは大学時代の留学先のオーストラリアでワーク・ライフバランスについて考え始めたことでした。私の実家は両親が共働きで、仕事の繁忙期には、母か父のどちらかの帰りが遅いということがよくありました。オーストラリアでは、ホストファミリーのお宅で、毎日家族そろって夕飯を食べていました。その際、「なぜオーストラリアでは夕方家族全員そろって夕飯を食べられるのに、日本(私の家族や私の身の回りの家族)ではできないのだろう?」と疑問を持ちました。 その疑問を胸に日本に帰国し、学士論文では日本の長時間労働、過労死問題、ワーク・ファミリーバランスにについて執筆しました。ワーク・ファミリーバランスについてもっと勉強したいと思い、ロンドンにある大学院への進学を決めました。大学院の教授にワーク・ファミリーバランスの研究にはジェンダーの視点が不可欠であると指摘され、ジェンダーの観点から社会政策を勉強するに至りました。
鈴木: そうなのですね。今も仕事や関心の肝はワーク・ファミリーバランスですか。
服部: ワーク・ファミリーバランスがきっかけで、大学院ではそれに関連した社会政策を勉強し、政策研究機関に就職しました。その中で、ワーク・ファミリーバランスの枠を越えてジェンダーやダイバーシティーについて関心を持つようになりました。 ILOでは様々な社会問題を、ジェンダーやダイバーシティのより広い視点から考えられるようになりました。ILOのGender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch (GED/ILOAIDS)には、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントにフォーカスした5つのチームがあります。ジェンダー平等の話をする際、多くの場合に男女平等や女性のエンパワーメントだけが強調されることがありますが、GEDでは前述した通り、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントと幅広い視点で物事を考え、「すべての人が平等にディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)へのアクセスを持ち、性、ジェンダー、人種、民族、皮膚の色、障がい、HIVのステータス等によって差別されるべきではない」という理念が、活動の基になっています。通常業務やGED/ILOAIDS同僚との会話を通して、ジェンダー平等への取り組みを男女平等や女性のためのものという考え方ではなく、常に幅広い視点で捉えられるようになりました。
ILOでの業務内容 〜ジェンダーをより広い視点から〜
鈴木: それでは、ILOでの業務内容についてお聞かせください。
服部: ILOでは、3月の国際女性デーイベント(2018年のメインテーマは原住民、農村・漁村における女性)の企画と運営を担当しました。イベントは、Rural Women at Work: Bridging the gapsをテーマに、女性のエンパワーメントに貢献するスリナムのマルーン系民族女性 やILO事務局長を招待し、パネルディスカッションを開催しました。パネルの民族女性が「原住民や農村・漁村で暮らす人々の人権について話し合う際に、私たち(原住民女性)をもっと話し合いの場に呼んでください。意思決定の場に呼んでください。」と訴えていたことが印象に残っています。
鈴木: 具体的には原住民女性たちにはどのような困難があるのですか。
服部: 例えば、気候変動の影響について考えてみてください。多くの原住民や農村・漁村で生活する人々にとって、彼・彼女らのライフスタイルは非常に自然と近いところにあるので、気候変動は原住民の生活や人権と直結しているテーマです。具体的な例として、多くのコミュニティーにおいて生活のための水を汲みに行くのは、女性や子どもの仕事です。気候変動の影響で水源から遠くへ引っ越さなくてはならなくなったり、家の近くの水源から十分な水を得られない状況になったりすると、女性や子どもたちが水汲みに費やす時間が増えます。それによって、学習の機会を失ってしまったり、道中で暴力・ハラスメント、搾取の対象になりやすくなったりすることなどが考えられます。マルーン系民族女性が国際女性デーのイベントで訴えていた通り、原住民、とくに原住民女性の意思決定過程への参加が十分とは言えず、彼・彼女らの声が政策や支援の内容に反映されることが難しいのが現状です。
その他、ケア労働に関するレポートの作成にあたり、気候変動がもたらすケア労働・ケア労働者に対する影響、移民への影響、ケア労働における日本のロボット技術の活用についてのリサーチ、G20やBRICSの開催に合わせた参加国の社会政策評価、同一賃金国際連合 (EPIC)のための同一価値労働同一賃金の促進に携わりました。
鈴木: 仕事内容の他にILOでお仕事をされる魅力を教えて下さい。
服部: ILOでは目や耳の不自由な同僚と働く機会が多くあって、自分の今までの働き方を見直すことができました。今まで当たり前だった働き方では、彼・彼女らと効率よく働くことはできません。会議で「こちらのパワーポイントのグラフをご覧ください」と言っても「これを確認してください」と自分のパソコン画面を指さしても目の不自由な同僚には伝わりません。耳の不自由な同僚には、電話で話すより、メールや手書きで説明したほうがスムーズに伝わります。色の識別が難しい同僚やレポートの読者のためにも、グラフや表を色だけで区別するのではなくパターンや柄を使用するようにしました。どんな人にもできるだけわかりやすく伝わる話し方、書類、Web、パワーポイントの作り方を学び、どんな仕事をする時にもインクルーシブ(包括的)かどうか、すべての人がアクセスできるかどうかということを意識するようになりました。また、法律、経済学、人類学、歴史研究、建築を専門に活動してきた同僚、難民として暮らしていた同僚など、多様なバックグラウンドを持つ同僚と働くことを通して、今までの“当たり前”を良い意味で疑うことができるようになりました。
IOMでの業務内容 〜プロジェクトのジェンダー主流化〜
鈴木: それではIOMについてお聞かせください。
服部: IOMでの仕事は始まったばかりです。事務局長室のGender Coordination Unitで、3人の同僚とともに、 IOMプロジェクトのジェンダー主流化(全てにジェンダーの視点を取り入れること)を強化するための業務を主に担当しています。ジェンダーに関する事柄(性別役割分業など)はその国・地域によって理解のされ方や受け入れ方が様々で、時代とともに変化することもあります。また、すべてのIOMプロジェクト担当者がジェンダー主流化に関して知識が豊富というわけではありませんので、難しいことやもどかしいことも多くありますが、IOM職員に向けたトレーニングなどを通して、様々な分野のプロジェクトがジェンダーを考慮して企画運営されるよう、チームとしてIOMに貢献しています。
鈴木: 具体的にはどういったトレーニングでしょうか。
服部: 例えば、国境管理に関してジェンダーの視点を加味する際の話をしましょう。多くの国、地域では、出入国・国境管理に関わる施設で働く人々の大半が男性です。移民の中には宗教・文化上の理由や、男性からの暴力・性的搾取被害の経験から、男性からボディーチェック受けること、エスコートされることに抵抗を感じる人々がいます。このような人たちも安心して出入国の手続きを進められるよう、施設には男性だけではなく女性の職員を配置するよう勧めています。そうすることで、移住する人々がボディーチェックやエスコートを受ける際に男性と女性のどちらがよいか選べる選択肢を提供できます。
人道・復興支援の現場においても、避難民キャンプの整備や管理にジェンダーの視点が必要不可欠です。例えば、キャンプを整備する際、トランスジェンダー(生まれたときに指定される身体の性と自認する性が別)の人々が安全に使用できるお手洗いがあるのか、車椅子で生活する人々がいつでも使用できるお手洗いが整備されているかなど、ジェンダーやダイバーシティーの視点から必要な支援を確認することはとても大切です。また、性別、性自認、性的指向などを理由に性的暴力・搾取を受け、移住せざるを得ない人々へのサポートや、暴力や搾取の防止をキャンプにおいて徹底することも大変重要です。
長期間にわたる移住のプロセスにおいて、人々の性別やジェンダー、妊娠の有無、子どもを連れての移住かどうか、障がいの種類や程度、保護者同伴なしでの子どもの移住かなど、様々な要因によって必要な支援は変化します。私の所属するGender Coordination Unitは、参加型のワークショップを開催しており、“あなたは妊娠していて、5歳の子どもと一緒に2人だけでA国からB国に移住しなければならなくなりました。○○な状況の際どんな支援を必要としますか”などといったケーススタディー用いて、IOMスタッフが自分事として問題を捉え、ジェンダーやダイバーシティーの視点を取り入れた適切なサポートができるよう取り組んでいます。地道ですが、やりがいがあります。
鈴木: ジェンダーというマクロな視点を持って様々な活動をされているのかと思っていましたが、お話をうかがう限り具体的な事例を一つ一つ取り上げてお仕事をなさっているのですね。
服部: そうですね。プロジェクトの中でジェンダー主流化を取り入れるときは小規模の活動を選んで定期的に確認したり、IOMの現地事務所からリクエストを受けてプロジェクトの企画段階でチェックを入れたりします。IOMのプロジェクトで出入国・国境管理に関わる人々へのトレーニングを行う際は、その参加者のジェンダーバランスに配慮するよう(例えば、最低でも参加者の3、4割は女性になるようにするなど)アドバイスしています。移住に関する情報提供のパンフレットを作成する際は、わかりやすい文章で書かれているか、保護者の同伴なしで国境を越える子ども向けのやさしい内容のパンフレットはあるかなども大切です。また、トランスジェンダーの人々が性転換中に必要なサポートや、HIV陽性の人々、性的暴力・搾取の被害を受けた人々のサポートに関する情報もできる限りパンフレットに載せてもらえるよう働きかけます。ジェンダーの視点というと、女性へのサポートだけのように思われることも多くあるのですが、性自認や性的指向、障がい、HIV/AIDS、原住民としてのバックグランドなど、様々な視点から考え、可能な限りすべての人々に必要な支援を届けるにはどうしたらいいかを考えています。
鈴木: お仕事をされている上で、やりがいは何でしょうか。
服部: 今の業務はあまり形に残る結果が得られるものではありませんが、「性的搾取の被害を受けた方々にとってはこんなサポートが必要だったんだね。真衣に言われるまで気づかなかった!」と言われたときはよかったなと思えます。とても小さいことですが、少しでもどこか遠い地の誰かのためにつながっているのかなと思えることがやりがいです。少しずつですが、社会が私の中でいつも大切にしている”equality for everyone”により近づけるよう貢献していきたいです。
今後のキャリアプラン 〜ジェンダースペシャリストとして〜
鈴木: 多様な観点をお持ちだからこそのやりがいなのですね。今後のキャリアプランについてお聞かせ願えますか。
服部: 将来的には、どの分野でもジェンダーとダイバーシティーの視点を取り入れることができる、その交渉ができるスペシャリストになりたいです。今は、真衣に聞けばきちんとジェンダーセンシティブなプロジェクトにできると頼ってもらえる人材になることが目標です。まだ知識も経験も足りないので、仕事をしていく中で少しずつスキルアップしていきたいです。
鈴木: 有難うございます。仕事はこなすものというイメージがあったのですが、お仕事をしながら勉強をして吸収していっていらっしゃる印象を受け、憧れを抱きました。
服部: ジェンダーやダイバーシティーは、私にとって学習意欲が湧く分野であり、かつライフワークです。ILOもIOMも私にとっては自分の知りたいことについて毎日学習でき、今まで学んできたことを生かせる職場です。日々学びながら、この新しい職場でこれまでの経験をアウトプットしつつ、ジェンダースペシャリストを目指して邁進していきたいと思います。
鈴木: これからもご活躍をお祈りしております。本日はありがとうございました。
国際機関での勤務に至る経緯
鈴木: 服部さんは現在IOMで勤務されているとのことですが、IOM勤務に至るまでの簡単な経緯を教えていただきたいです。
服部: はい。秋田にある国際教養大学を卒業後、英国ロンドンの大学院で社会政策とジェンダーについて学びました。大学院修了後、ロンドンにある政策研究機関に就職し、ジェンダー平等、ワーク・ファミリーバランス(*家事や育児などの無償ケア労働と有償労働とのバランス)、ダイバーシティー関連政策のジュニア政策研究者として勤務しました。その後、日本に帰国し、国連機関の駐日事務所でインターンシップ(無給)をはじめました。その間、ILOインターンシップの募集を見つけ、ずっとILOの仕事に関心があったことからインターンシップに応募しました。学生時代からカウントすると三度目の応募です。
鈴木: ILOに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
服部: 高校生の頃、児童労働に関するドキュメンタリーを観て、当たり前に教育を受けられる自分の置かれた環境がとても恵まれていることに気づき、衝撃を受けました。児童労働について本やインターネットで情報収集をする中で、ILOの児童労働撤廃に関する仕事を知り、興味を持ちました。ILOでは、Gender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch のインターンとして6ヶ月、その後短期契約スタッフとして勤務しました。今年の春から、IOMのGender Coordination Unitからオファーをいただき、IOMに就職しました。Gender Coordination Unitでは、IOMプロジェクトのジェンダー主流化に関する業務を担当しています。
ジェンダーをキャリアの軸にした理由
鈴木: 最初にジェンダーに関するお仕事をされたのはロンドンでの勤務とのことでしたが、なぜジェンダーに関するお仕事を選ばれたのですか。
服部: 日本で育った私には、ジェンダーについて考えることも学ぶ機会もありませんでした。ジェンダーという単語の意味も知りませんでした。きっかけは大学時代の留学先のオーストラリアでワーク・ライフバランスについて考え始めたことでした。私の実家は両親が共働きで、仕事の繁忙期には、母か父のどちらかの帰りが遅いということがよくありました。オーストラリアでは、ホストファミリーのお宅で、毎日家族そろって夕飯を食べていました。その際、「なぜオーストラリアでは夕方家族全員そろって夕飯を食べられるのに、日本(私の家族や私の身の回りの家族)ではできないのだろう?」と疑問を持ちました。 その疑問を胸に日本に帰国し、学士論文では日本の長時間労働、過労死問題、ワーク・ファミリーバランスにについて執筆しました。ワーク・ファミリーバランスについてもっと勉強したいと思い、ロンドンにある大学院への進学を決めました。大学院の教授にワーク・ファミリーバランスの研究にはジェンダーの視点が不可欠であると指摘され、ジェンダーの観点から社会政策を勉強するに至りました。
鈴木: そうなのですね。今も仕事や関心の肝はワーク・ファミリーバランスですか。
服部: ワーク・ファミリーバランスがきっかけで、大学院ではそれに関連した社会政策を勉強し、政策研究機関に就職しました。その中で、ワーク・ファミリーバランスの枠を越えてジェンダーやダイバーシティーについて関心を持つようになりました。 ILOでは様々な社会問題を、ジェンダーやダイバーシティのより広い視点から考えられるようになりました。ILOのGender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch (GED/ILOAIDS)には、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントにフォーカスした5つのチームがあります。ジェンダー平等の話をする際、多くの場合に男女平等や女性のエンパワーメントだけが強調されることがありますが、GEDでは前述した通り、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントと幅広い視点で物事を考え、「すべての人が平等にディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)へのアクセスを持ち、性、ジェンダー、人種、民族、皮膚の色、障がい、HIVのステータス等によって差別されるべきではない」という理念が、活動の基になっています。通常業務やGED/ILOAIDS同僚との会話を通して、ジェンダー平等への取り組みを男女平等や女性のためのものという考え方ではなく、常に幅広い視点で捉えられるようになりました。
ILOでの業務内容 〜ジェンダーをより広い視点から〜
鈴木: それでは、ILOでの業務内容についてお聞かせください。
服部: ILOでは、3月の国際女性デーイベント(2018年のメインテーマは原住民、農村・漁村における女性)の企画と運営を担当しました。イベントは、Rural Women at Work: Bridging the gapsをテーマに、女性のエンパワーメントに貢献するスリナムのマルーン系民族女性 やILO事務局長を招待し、パネルディスカッションを開催しました。パネルの民族女性が「原住民や農村・漁村で暮らす人々の人権について話し合う際に、私たち(原住民女性)をもっと話し合いの場に呼んでください。意思決定の場に呼んでください。」と訴えていたことが印象に残っています。
鈴木: 具体的には原住民女性たちにはどのような困難があるのですか。
服部: 例えば、気候変動の影響について考えてみてください。多くの原住民や農村・漁村で生活する人々にとって、彼・彼女らのライフスタイルは非常に自然と近いところにあるので、気候変動は原住民の生活や人権と直結しているテーマです。具体的な例として、多くのコミュニティーにおいて生活のための水を汲みに行くのは、女性や子どもの仕事です。気候変動の影響で水源から遠くへ引っ越さなくてはならなくなったり、家の近くの水源から十分な水を得られない状況になったりすると、女性や子どもたちが水汲みに費やす時間が増えます。それによって、学習の機会を失ってしまったり、道中で暴力・ハラスメント、搾取の対象になりやすくなったりすることなどが考えられます。マルーン系民族女性が国際女性デーのイベントで訴えていた通り、原住民、とくに原住民女性の意思決定過程への参加が十分とは言えず、彼・彼女らの声が政策や支援の内容に反映されることが難しいのが現状です。
その他、ケア労働に関するレポートの作成にあたり、気候変動がもたらすケア労働・ケア労働者に対する影響、移民への影響、ケア労働における日本のロボット技術の活用についてのリサーチ、G20やBRICSの開催に合わせた参加国の社会政策評価、同一賃金国際連合 (EPIC)のための同一価値労働同一賃金の促進に携わりました。
鈴木: 仕事内容の他にILOでお仕事をされる魅力を教えて下さい。
服部: ILOでは目や耳の不自由な同僚と働く機会が多くあって、自分の今までの働き方を見直すことができました。今まで当たり前だった働き方では、彼・彼女らと効率よく働くことはできません。会議で「こちらのパワーポイントのグラフをご覧ください」と言っても「これを確認してください」と自分のパソコン画面を指さしても目の不自由な同僚には伝わりません。耳の不自由な同僚には、電話で話すより、メールや手書きで説明したほうがスムーズに伝わります。色の識別が難しい同僚やレポートの読者のためにも、グラフや表を色だけで区別するのではなくパターンや柄を使用するようにしました。どんな人にもできるだけわかりやすく伝わる話し方、書類、Web、パワーポイントの作り方を学び、どんな仕事をする時にもインクルーシブ(包括的)かどうか、すべての人がアクセスできるかどうかということを意識するようになりました。また、法律、経済学、人類学、歴史研究、建築を専門に活動してきた同僚、難民として暮らしていた同僚など、多様なバックグラウンドを持つ同僚と働くことを通して、今までの“当たり前”を良い意味で疑うことができるようになりました。
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| (GED同僚とIDAHO Day 国際反ホモフォビア・トランスフォビアの日イベントにて Photo credit: ILO GED/ILOAIDS) |
IOMでの業務内容 〜プロジェクトのジェンダー主流化〜
鈴木: それではIOMについてお聞かせください。
服部: IOMでの仕事は始まったばかりです。事務局長室のGender Coordination Unitで、3人の同僚とともに、 IOMプロジェクトのジェンダー主流化(全てにジェンダーの視点を取り入れること)を強化するための業務を主に担当しています。ジェンダーに関する事柄(性別役割分業など)はその国・地域によって理解のされ方や受け入れ方が様々で、時代とともに変化することもあります。また、すべてのIOMプロジェクト担当者がジェンダー主流化に関して知識が豊富というわけではありませんので、難しいことやもどかしいことも多くありますが、IOM職員に向けたトレーニングなどを通して、様々な分野のプロジェクトがジェンダーを考慮して企画運営されるよう、チームとしてIOMに貢献しています。
鈴木: 具体的にはどういったトレーニングでしょうか。
服部: 例えば、国境管理に関してジェンダーの視点を加味する際の話をしましょう。多くの国、地域では、出入国・国境管理に関わる施設で働く人々の大半が男性です。移民の中には宗教・文化上の理由や、男性からの暴力・性的搾取被害の経験から、男性からボディーチェック受けること、エスコートされることに抵抗を感じる人々がいます。このような人たちも安心して出入国の手続きを進められるよう、施設には男性だけではなく女性の職員を配置するよう勧めています。そうすることで、移住する人々がボディーチェックやエスコートを受ける際に男性と女性のどちらがよいか選べる選択肢を提供できます。
人道・復興支援の現場においても、避難民キャンプの整備や管理にジェンダーの視点が必要不可欠です。例えば、キャンプを整備する際、トランスジェンダー(生まれたときに指定される身体の性と自認する性が別)の人々が安全に使用できるお手洗いがあるのか、車椅子で生活する人々がいつでも使用できるお手洗いが整備されているかなど、ジェンダーやダイバーシティーの視点から必要な支援を確認することはとても大切です。また、性別、性自認、性的指向などを理由に性的暴力・搾取を受け、移住せざるを得ない人々へのサポートや、暴力や搾取の防止をキャンプにおいて徹底することも大変重要です。
長期間にわたる移住のプロセスにおいて、人々の性別やジェンダー、妊娠の有無、子どもを連れての移住かどうか、障がいの種類や程度、保護者同伴なしでの子どもの移住かなど、様々な要因によって必要な支援は変化します。私の所属するGender Coordination Unitは、参加型のワークショップを開催しており、“あなたは妊娠していて、5歳の子どもと一緒に2人だけでA国からB国に移住しなければならなくなりました。○○な状況の際どんな支援を必要としますか”などといったケーススタディー用いて、IOMスタッフが自分事として問題を捉え、ジェンダーやダイバーシティーの視点を取り入れた適切なサポートができるよう取り組んでいます。地道ですが、やりがいがあります。
鈴木: ジェンダーというマクロな視点を持って様々な活動をされているのかと思っていましたが、お話をうかがう限り具体的な事例を一つ一つ取り上げてお仕事をなさっているのですね。
服部: そうですね。プロジェクトの中でジェンダー主流化を取り入れるときは小規模の活動を選んで定期的に確認したり、IOMの現地事務所からリクエストを受けてプロジェクトの企画段階でチェックを入れたりします。IOMのプロジェクトで出入国・国境管理に関わる人々へのトレーニングを行う際は、その参加者のジェンダーバランスに配慮するよう(例えば、最低でも参加者の3、4割は女性になるようにするなど)アドバイスしています。移住に関する情報提供のパンフレットを作成する際は、わかりやすい文章で書かれているか、保護者の同伴なしで国境を越える子ども向けのやさしい内容のパンフレットはあるかなども大切です。また、トランスジェンダーの人々が性転換中に必要なサポートや、HIV陽性の人々、性的暴力・搾取の被害を受けた人々のサポートに関する情報もできる限りパンフレットに載せてもらえるよう働きかけます。ジェンダーの視点というと、女性へのサポートだけのように思われることも多くあるのですが、性自認や性的指向、障がい、HIV/AIDS、原住民としてのバックグランドなど、様々な視点から考え、可能な限りすべての人々に必要な支援を届けるにはどうしたらいいかを考えています。
鈴木: お仕事をされている上で、やりがいは何でしょうか。
服部: 今の業務はあまり形に残る結果が得られるものではありませんが、「性的搾取の被害を受けた方々にとってはこんなサポートが必要だったんだね。真衣に言われるまで気づかなかった!」と言われたときはよかったなと思えます。とても小さいことですが、少しでもどこか遠い地の誰かのためにつながっているのかなと思えることがやりがいです。少しずつですが、社会が私の中でいつも大切にしている”equality for everyone”により近づけるよう貢献していきたいです。
今後のキャリアプラン 〜ジェンダースペシャリストとして〜
鈴木: 多様な観点をお持ちだからこそのやりがいなのですね。今後のキャリアプランについてお聞かせ願えますか。
服部: 将来的には、どの分野でもジェンダーとダイバーシティーの視点を取り入れることができる、その交渉ができるスペシャリストになりたいです。今は、真衣に聞けばきちんとジェンダーセンシティブなプロジェクトにできると頼ってもらえる人材になることが目標です。まだ知識も経験も足りないので、仕事をしていく中で少しずつスキルアップしていきたいです。
鈴木: 有難うございます。仕事はこなすものというイメージがあったのですが、お仕事をしながら勉強をして吸収していっていらっしゃる印象を受け、憧れを抱きました。
服部: ジェンダーやダイバーシティーは、私にとって学習意欲が湧く分野であり、かつライフワークです。ILOもIOMも私にとっては自分の知りたいことについて毎日学習でき、今まで学んできたことを生かせる職場です。日々学びながら、この新しい職場でこれまでの経験をアウトプットしつつ、ジェンダースペシャリストを目指して邁進していきたいと思います。
鈴木: これからもご活躍をお祈りしております。本日はありがとうございました。
12:46
インタビュー
勉強会: 国際機関の幹部職員を目指すために「必要な能力」と「必要なこと」
JSAG
2019年6月4日(火)、JSAGと在ジュネーブ国際機関日本政府代表部の共催で標題をテーマにした勉強会を開催しました。
今回は、国際機関で幹部職員を経験され、JSAGの第2代会長も務められた滝澤三郎氏を基調講演者としてお迎えするとともに、ジュネーブの国際機関で現役の幹部職員としてご活躍の方と現役の人事部職員としてご活躍の邦人の方を交え、パネルディスカッションを開催いたしました。
基調講演者及びパネリストの方々は以下の方々です。
・NPO法人国連UNHCR協会特別顧問
滝澤 三郎 氏
・国連合同監査団(JIU)監査官
上岡 恵子 氏
・グローバルファンド(GFATM)戦略投資効果局長 國井 修 氏
・国連人道問題調整事務所(OHCA)人事部HRビジネスパートナー 澤田 泰子 氏
基調講演では、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の財務局長など国際機関において幹部職員を経験された滝澤氏から、標題のテーマに関してご自身の経験などを踏まえてお話し頂きました。
滝澤氏からは、参加者に対して、国際機関職員として「自分は国際機関でどのような「貢献」をしていきたいのか、自分にはどのような能力で組織に対し貢献していくことができるのか、将来自分の目的とすることを実現していくためには今どのような努力をしていくことが必要なのか」について明確化し、仕事を通して自分の能力や専門性を高めていくことの重要性が語られました。その上で、昇進を目指すために必要な具体的な行動としては、組織と上司に必要とされる人材となるべく与えられた仕事+αの成果を上げていくようにすること(とりわけ着任から100日以内に成果を上げることが大切であること)、加えて、日本人的な感覚(Passive)から抜け出し、会議においては積極的に自分の考えを発表するなど“Assertive”となっていくこと(日本人的な謙遜や寡黙であることは評価されないことを理解すること)、SNSなどを活用し自身の成果をアピールし組織内外に自分の支援者を増やしていくことなどが重要であることなどが語られました。(滝澤氏の講演資料)
続いて行われたパネルディスカッションでは、上記4名のパネリストの方にJSAG高木会長も交え、活発な意見交換が行われました。
上岡氏からは、ポスト獲得競争を勝ち抜いていくためには、自分の能力や組織に貢献できる自分の専門性を明確な軸として持った上で、積極的にネットワーキング活動を行い、自分の強みを上司等にアピールしていくことの重要性などが語られました。
國井氏からは、単に幹部職員を目指したいということだけではなく、「自分が何をしたいのか。人生の目標をどこにおいて、そのために国際機関に入って何をしたいのか。」について明確なビジョンを持った上で、仕事に取り組んで「骨太の専門性」と実力をつけていくことが重要であることなどが語られました。
澤田氏からは、ポスト獲得を巡る競争が厳しくなってきている状況下では、中長期的に自分がどうなっていきたいのかというビジョンについて常に問い続けるとともに、様々なポストにアプライし諦めずにチャレンジを続けていくことの重要性などが語られました。
最後に、フロアからパネリストへの質問という形で議論が交わされました。参加者からはパネリストに対し、「幹部職員になるために必要なマネジメントスキル」、「昇進に必要な、また有効なネットワーキング活動のあり方」等に関する質問が寄せられ、パネリストからは、「マネジメントスキルを身につけていくためには、日々の業務において上司が行っていることなどをみて自分が管理職であればどのように対処していくべきかについて考えていくことが有効」であること、ネットワーキング活動に関しては「上司等に自身の成果をアピールしていくとともに自分のキャリアの希望を知ってもらうことに心がけることが有効」であること、といったパネリストの経験に基づいた貴重なアドバイスが語られていました。
JSAGでは、今後も会員のニーズ等も踏まえて、勉強会やセミナーを企画していく予定です。積極的なご参加をお待ちしています。
16:19
講演会・勉強会
在外公館長表彰を受賞しました
JSAG
ジュネーブ国際機関日本人職員会(JSAG)は2003年に、ジュネーブにある国連・国際機関で働く日本人職員の交流と研鑽を目的として数名の有志により設立された任意団体で、以来、職員のボランティアにより、職員間のネットワーキング、勉強会・講演会の実施、国際機関就職関連情報の発信、キャリアセミナー・学生訪問受け入れなどに取り組んできました。
2015年3月~2018年2月に第六代JSAG会長を務め、現在JSAG顧問の國井修・グローバルファンド戦略投資効果局長からは、特に若い世代に向けたJSAGの活動へのさらなる協力が呼びかけられました。
JSAGはこの度、ジュネーブの日本人国際機関職員間の相互理解・連携の強化や、国際機関における日本人職員の増強に貢献してきた功績が認められ、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部の伊原純一特命全権大使より在外公館長表彰を授与されました。4月30日には、大使公邸において授賞式が開催され、伊原大使から、JSAG会長の高木善幸・世界知的所有権機関(WIPO)事務局長補に表彰状が手渡されました。
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| 伊原大使(右)から表彰状を受け取る高木会長(左) |
高木会長は、JSAGの活動に対する代表部からの支援や、歴代会長および幹事のリーダーシップ・創意・貢献に謝辞を述べ、授賞式にあたって寄せられた歴代会長をはじめとする以下の皆様からの祝辞を披露しました。
- 久山純弘氏:初代JSAG会長(2003-2004年)、当時、国連合同監視団(JIU)議長(1995-2004年)、前国連事務次長補(1984-1993年)
- 滝澤三郎氏:第二代JSAG会長(2005-2006年)、当時、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)財務局長(2002-2006年)
- 猪又忠徳氏:第五代JSAG会長(2012-2014年)、当時、国連合同監視団(JIU)委員(2005-2014年)
- 中谷比呂樹氏:前世界保健機関(WHO)事務局長補(2007-2015年)
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| 岡庭大使(右)から花束を受け取る國井前会長(左) |
JSAGの活動にご興味がある方は、ぜひメーリングリストにご登録ください。勉強会等イベントの情報や、国際機関就職関連情報を随時配信しています。メーリングリストには、国際機関職員だけでなく、国際機関や開発協力の仕事に関心のあるすべての方に登録していただけます。利用規定をご確認の上、ぜひこちらからご登録ください。
またJSAGの活動は、ジュネーブ国際機関職員の有志からなる運営委員(幹事)が中心となって企画しています。現在の幹事メンバーはこちらからご覧いただけます。ジュネーブ国際機関職員で、運営への参加にご関心のある方はぜひお近くの幹事へご連絡ください。
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| JSAG運営委員メンバー |
23:24
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