国際機関邦人職員インタビュー 国際移住機関(IOM) 服部真衣さん

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今回は、国際移住機関(IOM)の事務局長室Gender Coordination Unitにお勤めの服部真衣さんにお話をうかがいました。服部さんは今年春からIOMでの勤務を開始され、IOMの前は同じくジュネーブの国際労働機関(ILO)にてジェンダー平等に携わられており、両機関での仕事の内容から国際機関を志すようになった契機まで広くお話いただきました。聞き手はジュネーブ大学に交換留学をされていた鈴木詩織さんです。


国際機関での勤務に至る経緯
 

鈴木: 服部さんは現在IOMで勤務されているとのことですが、IOM勤務に至るまでの簡単な経緯を教えていただきたいです。
服部: はい。秋田にある国際教養大学を卒業後、英国ロンドンの大学院で社会政策とジェンダーについて学びました。大学院修了後、ロンドンにある政策研究機関に就職し、ジェンダー平等、ワーク・ファミリーバランス(*家事や育児などの無償ケア労働と有償労働とのバランス)、ダイバーシティー関連政策のジュニア政策研究者として勤務しました。その後、日本に帰国し、国連機関の駐日事務所でインターンシップ(無給)をはじめました。その間、ILOインターンシップの募集を見つけ、ずっとILOの仕事に関心があったことからインターンシップに応募しました。学生時代からカウントすると三度目の応募です。
鈴木: ILOに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
服部: 高校生の頃、児童労働に関するドキュメンタリーを観て、当たり前に教育を受けられる自分の置かれた環境がとても恵まれていることに気づき、衝撃を受けました。児童労働について本やインターネットで情報収集をする中で、ILOの児童労働撤廃に関する仕事を知り、興味を持ちました。ILOでは、Gender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch のインターンとして6ヶ月、その後短期契約スタッフとして勤務しました。今年の春から、IOMのGender Coordination Unitからオファーをいただき、IOMに就職しました。Gender Coordination Unitでは、IOMプロジェクトのジェンダー主流化に関する業務を担当しています。

ジェンダーをキャリアの軸にした理由
 

鈴木: 最初にジェンダーに関するお仕事をされたのはロンドンでの勤務とのことでしたが、なぜジェンダーに関するお仕事を選ばれたのですか。
服部: 日本で育った私には、ジェンダーについて考えることも学ぶ機会もありませんでした。ジェンダーという単語の意味も知りませんでした。きっかけは大学時代の留学先のオーストラリアでワーク・ライフバランスについて考え始めたことでした。私の実家は両親が共働きで、仕事の繁忙期には、母か父のどちらかの帰りが遅いということがよくありました。オーストラリアでは、ホストファミリーのお宅で、毎日家族そろって夕飯を食べていました。その際、「なぜオーストラリアでは夕方家族全員そろって夕飯を食べられるのに、日本(私の家族や私の身の回りの家族)ではできないのだろう?」と疑問を持ちました。 その疑問を胸に日本に帰国し、学士論文では日本の長時間労働、過労死問題、ワーク・ファミリーバランスにについて執筆しました。ワーク・ファミリーバランスについてもっと勉強したいと思い、ロンドンにある大学院への進学を決めました。大学院の教授にワーク・ファミリーバランスの研究にはジェンダーの視点が不可欠であると指摘され、ジェンダーの観点から社会政策を勉強するに至りました。
鈴木: そうなのですね。今も仕事や関心の肝はワーク・ファミリーバランスですか。
服部: ワーク・ファミリーバランスがきっかけで、大学院ではそれに関連した社会政策を勉強し、政策研究機関に就職しました。その中で、ワーク・ファミリーバランスの枠を越えてジェンダーやダイバーシティーについて関心を持つようになりました。 ILOでは様々な社会問題を、ジェンダーやダイバーシティのより広い視点から考えられるようになりました。ILOのGender, Equality and Diversity & ILOAIDS Branch (GED/ILOAIDS)には、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントにフォーカスした5つのチームがあります。ジェンダー平等の話をする際、多くの場合に男女平等や女性のエンパワーメントだけが強調されることがありますが、GEDでは前述した通り、ジェンダー、障がい、原住民、HIV・エイズ、暴力・ハラスメントと幅広い視点で物事を考え、「すべての人が平等にディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)へのアクセスを持ち、性、ジェンダー、人種、民族、皮膚の色、障がい、HIVのステータス等によって差別されるべきではない」という理念が、活動の基になっています。通常業務やGED/ILOAIDS同僚との会話を通して、ジェンダー平等への取り組みを男女平等や女性のためのものという考え方ではなく、常に幅広い視点で捉えられるようになりました。

ILOでの業務内容 〜ジェンダーをより広い視点から〜

鈴木: それでは、ILOでの業務内容についてお聞かせください。
服部: ILOでは、3月の国際女性デーイベント(2018年のメインテーマは原住民、農村・漁村における女性)の企画と運営を担当しました。イベントは、Rural Women at Work: Bridging the gapsをテーマに、女性のエンパワーメントに貢献するスリナムのマルーン系民族女性 やILO事務局長を招待し、パネルディスカッションを開催しました。パネルの民族女性が「原住民や農村・漁村で暮らす人々の人権について話し合う際に、私たち(原住民女性)をもっと話し合いの場に呼んでください。意思決定の場に呼んでください。」と訴えていたことが印象に残っています。
鈴木: 具体的には原住民女性たちにはどのような困難があるのですか。
服部: 例えば、気候変動の影響について考えてみてください。多くの原住民や農村・漁村で生活する人々にとって、彼・彼女らのライフスタイルは非常に自然と近いところにあるので、気候変動は原住民の生活や人権と直結しているテーマです。具体的な例として、多くのコミュニティーにおいて生活のための水を汲みに行くのは、女性や子どもの仕事です。気候変動の影響で水源から遠くへ引っ越さなくてはならなくなったり、家の近くの水源から十分な水を得られない状況になったりすると、女性や子どもたちが水汲みに費やす時間が増えます。それによって、学習の機会を失ってしまったり、道中で暴力・ハラスメント、搾取の対象になりやすくなったりすることなどが考えられます。マルーン系民族女性が国際女性デーのイベントで訴えていた通り、原住民、とくに原住民女性の意思決定過程への参加が十分とは言えず、彼・彼女らの声が政策や支援の内容に反映されることが難しいのが現状です。
その他、ケア労働に関するレポートの作成にあたり、気候変動がもたらすケア労働・ケア労働者に対する影響、移民への影響、ケア労働における日本のロボット技術の活用についてのリサーチ、G20やBRICSの開催に合わせた参加国の社会政策評価、同一賃金国際連合 (EPIC)のための同一価値労働同一賃金の促進に携わりました。
鈴木: 仕事内容の他にILOでお仕事をされる魅力を教えて下さい。
服部: ILOでは目や耳の不自由な同僚と働く機会が多くあって、自分の今までの働き方を見直すことができました。今まで当たり前だった働き方では、彼・彼女らと効率よく働くことはできません。会議で「こちらのパワーポイントのグラフをご覧ください」と言っても「これを確認してください」と自分のパソコン画面を指さしても目の不自由な同僚には伝わりません。耳の不自由な同僚には、電話で話すより、メールや手書きで説明したほうがスムーズに伝わります。色の識別が難しい同僚やレポートの読者のためにも、グラフや表を色だけで区別するのではなくパターンや柄を使用するようにしました。どんな人にもできるだけわかりやすく伝わる話し方、書類、Web、パワーポイントの作り方を学び、どんな仕事をする時にもインクルーシブ(包括的)かどうか、すべての人がアクセスできるかどうかということを意識するようになりました。また、法律、経済学、人類学、歴史研究、建築を専門に活動してきた同僚、難民として暮らしていた同僚など、多様なバックグラウンドを持つ同僚と働くことを通して、今までの“当たり前”を良い意味で疑うことができるようになりました。
(GED同僚とIDAHO Day 国際反ホモフォビア・トランスフォビアの日イベントにて Photo credit: ILO GED/ILOAIDS)

IOMでの業務内容 〜プロジェクトのジェンダー主流化〜


鈴木
: それではIOMについてお聞かせください。

服部: IOMでの仕事は始まったばかりです。事務局長室のGender Coordination Unitで、3人の同僚とともに、 IOMプロジェクトのジェンダー主流化(全てにジェンダーの視点を取り入れること)を強化するための業務を主に担当しています。ジェンダーに関する事柄(性別役割分業など)はその国・地域によって理解のされ方や受け入れ方が様々で、時代とともに変化することもあります。また、すべてのIOMプロジェクト担当者がジェンダー主流化に関して知識が豊富というわけではありませんので、難しいことやもどかしいことも多くありますが、IOM職員に向けたトレーニングなどを通して、様々な分野のプロジェクトがジェンダーを考慮して企画運営されるよう、チームとしてIOMに貢献しています。
鈴木: 具体的にはどういったトレーニングでしょうか。
服部: 例えば、国境管理に関してジェンダーの視点を加味する際の話をしましょう。多くの国、地域では、出入国・国境管理に関わる施設で働く人々の大半が男性です。移民の中には宗教・文化上の理由や、男性からの暴力・性的搾取被害の経験から、男性からボディーチェック受けること、エスコートされることに抵抗を感じる人々がいます。このような人たちも安心して出入国の手続きを進められるよう、施設には男性だけではなく女性の職員を配置するよう勧めています。そうすることで、移住する人々がボディーチェックやエスコートを受ける際に男性と女性のどちらがよいか選べる選択肢を提供できます。
人道・復興支援の現場においても、避難民キャンプの整備や管理にジェンダーの視点が必要不可欠です。例えば、キャンプを整備する際、トランスジェンダー(生まれたときに指定される身体の性と自認する性が別)の人々が安全に使用できるお手洗いがあるのか、車椅子で生活する人々がいつでも使用できるお手洗いが整備されているかなど、ジェンダーやダイバーシティーの視点から必要な支援を確認することはとても大切です。また、性別、性自認、性的指向などを理由に性的暴力・搾取を受け、移住せざるを得ない人々へのサポートや、暴力や搾取の防止をキャンプにおいて徹底することも大変重要です。
長期間にわたる移住のプロセスにおいて、人々の性別やジェンダー、妊娠の有無、子どもを連れての移住かどうか、障がいの種類や程度、保護者同伴なしでの子どもの移住かなど、様々な要因によって必要な支援は変化します。私の所属するGender Coordination Unitは、参加型のワークショップを開催しており、“あなたは妊娠していて、5歳の子どもと一緒に2人だけでA国からB国に移住しなければならなくなりました。○○な状況の際どんな支援を必要としますか”などといったケーススタディー用いて、IOMスタッフが自分事として問題を捉え、ジェンダーやダイバーシティーの視点を取り入れた適切なサポートができるよう取り組んでいます。地道ですが、やりがいがあります。
鈴木: ジェンダーというマクロな視点を持って様々な活動をされているのかと思っていましたが、お話をうかがう限り具体的な事例を一つ一つ取り上げてお仕事をなさっているのですね。
服部: そうですね。プロジェクトの中でジェンダー主流化を取り入れるときは小規模の活動を選んで定期的に確認したり、IOMの現地事務所からリクエストを受けてプロジェクトの企画段階でチェックを入れたりします。IOMのプロジェクトで出入国・国境管理に関わる人々へのトレーニングを行う際は、その参加者のジェンダーバランスに配慮するよう(例えば、最低でも参加者の3、4割は女性になるようにするなど)アドバイスしています。移住に関する情報提供のパンフレットを作成する際は、わかりやすい文章で書かれているか、保護者の同伴なしで国境を越える子ども向けのやさしい内容のパンフレットはあるかなども大切です。また、トランスジェンダーの人々が性転換中に必要なサポートや、HIV陽性の人々、性的暴力・搾取の被害を受けた人々のサポートに関する情報もできる限りパンフレットに載せてもらえるよう働きかけます。ジェンダーの視点というと、女性へのサポートだけのように思われることも多くあるのですが、性自認や性的指向、障がい、HIV/AIDS、原住民としてのバックグランドなど、様々な視点から考え、可能な限りすべての人々に必要な支援を届けるにはどうしたらいいかを考えています。
鈴木: お仕事をされている上で、やりがいは何でしょうか。
服部: 今の業務はあまり形に残る結果が得られるものではありませんが、「性的搾取の被害を受けた方々にとってはこんなサポートが必要だったんだね。真衣に言われるまで気づかなかった!」と言われたときはよかったなと思えます。とても小さいことですが、少しでもどこか遠い地の誰かのためにつながっているのかなと思えることがやりがいです。少しずつですが、社会が私の中でいつも大切にしている”equality for everyone”により近づけるよう貢献していきたいです。

今後のキャリアプラン 〜ジェンダースペシャリストとして〜 


鈴木
: 多様な観点をお持ちだからこそのやりがいなのですね。今後のキャリアプランについてお聞かせ願えますか。

服部: 将来的には、どの分野でもジェンダーとダイバーシティーの視点を取り入れることができる、その交渉ができるスペシャリストになりたいです。今は、真衣に聞けばきちんとジェンダーセンシティブなプロジェクトにできると頼ってもらえる人材になることが目標です。まだ知識も経験も足りないので、仕事をしていく中で少しずつスキルアップしていきたいです。
鈴木: 有難うございます。仕事はこなすものというイメージがあったのですが、お仕事をしながら勉強をして吸収していっていらっしゃる印象を受け、憧れを抱きました。
服部: ジェンダーやダイバーシティーは、私にとって学習意欲が湧く分野であり、かつライフワークです。ILOもIOMも私にとっては自分の知りたいことについて毎日学習でき、今まで学んできたことを生かせる職場です。日々学びながら、この新しい職場でこれまでの経験をアウトプットしつつ、ジェンダースペシャリストを目指して邁進していきたいと思います。
鈴木: これからもご活躍をお祈りしております。本日はありがとうございました。

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