国際機関面接最初の3分間

 
投稿者: 小島晶子、UNISDR, WIPO人材コンサルタント

面接での第一印象はとても大切である。最初の何分間かによい印象を与えれば後に余裕がでてくるし、さえないとリカバリーが大変となる。面接会場に一歩足を踏み入れたら、質問に答える前にすでに評価は始まっていると考えた方がいいだろう。例えば自分から握手を求める積極性、笑顔、アイコンタクト、最初の挨拶等、好印象をあたえる機会はどんどん利用しよう。たとえ緊張していても、しっかりした握手をしながら相手と一瞬目をあわせ、笑顔を見せるのはそれ程難しくないだろうし、自分自身がリラックスできるという効果もある。

普通の面接の場合、まず候補者とポストの確認、面接官の紹介と面接にかかる時間、使われる質問またはコンペタンシーや言語等の紹介があってから面接が始まるので、候補者は席に着いてから2.3分の余裕がある。その間背筋を伸ばし皆と目線を合わせ、もう一度笑顔を見せられれば上出来である。特に面接官が複数で握手やアイコンタクトの機会がなかった場合、ここでにこやかに皆を見渡せば好印象につながる可能性が高いだろう。また面接官が書類をみていたり、急用で一人が席を離れたりして司会者が面接を開始するまでにしばらくの間が空くことがある。余裕があれば、その沈黙中に面接官達に面接の機会を与えてくれたことに対しお礼を言っておけば喜ばれるだろう。
面接前はたいてい緊張するものだし、震え声で始まる応対もよく見受けられる。緊張すること自体さほどマイナスなことではないので、悲観的になって思わず腕組みをしたり髪に触ったり貧乏ゆすりしたりしないよう気をつけよう。面接が進むうちに、最初の緊張は徐々に解けていくだろうから心配はない。最初の3分間をスムースに乗り切り自分のペースにもっていく要素は、事前の念入りな準備、会場に余裕をもって到着すること、面接官との握手やアイコンタクト、そして自分の笑顔に無意識に返された面接官の笑顔等であろう。電話やスカイプでの面接についてはまた次回に書きたいと思う。

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国際機関邦人職員インタビュー:伊藤礼樹さん UNHCRアジア局次長

JSAGでは、「国際機関邦人職員インタビュー」を始めます。人道都市ジュネーブでは国際機関で働く邦人職員が100人以上おり、インタビューでは、仕事の話だけでなく、プライベードや人道や開発支援について日々思っていることなどについて紹介していきます。

インタビュー第一回は、今年2月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)アジア局次長に就任された伊藤礼樹(あやき)さんにお話を伺いました。 伊藤さんはこれまで、ボスニア、ミャンマー、スーダン、アルメニア、レバノン、ソマリアなどで難民支援に従事してきました。UNHCR幹部に邦人職員が少ない理由や、これからの人道援助やUNHCRのあるべき姿について、お聞きしました。(聞き手:黒岩揺光)


黒岩:伊藤さんは常々、UNHCR職員にとって大切な資質として、人情、理想、理論、行動の四つをあげています。48歳での本部局次長就任はスピード出世ですが、この四つの資質を心がけてきたことと関係があるのでしょうか?

伊藤:日本人と比べ、欧米人の強みはどんどん自分の意見を言うところだという人がいるけど、私はそうは思わない。人情をもって、難民や同僚と良い関係を作ることはとても大事。もちろん、言わなければいけないことは、言うんだけど、しっかり理論だてた言葉で話すことが大事ですね。

黒岩:UNHCRの邦人職員は約80人。うち、局長、局次長レベルの幹部は2人だけです。イタリアは170人中10人が幹部。ドイツは100人中9人。邦人職員の幹部率が低いのはなぜでしょう?

伊藤:私たちの前の世代でUNHCRに入ってきた人の中には、「難民支援」=「100%ボランティアリズム」という人がいました。現場で自分が全部やらなければいけないという考え方です。時代の流れで、人道援助も国連もかわってきているので、そのアプローチではきかなくなっているのかもしれません。

黒岩:ボランティアリズムだと、何がいけないのでしょう?

伊藤:人情、理想、理論、行動のうち、人情が大きくなりすぎてしまいます。 困っている人たちがいて、その人たちを支援できる物資やお金があれば、いかなる政治的状況においても支援しようとする。難民問題はとても政治的なものですから、冷静な判断が必要な時が多々あります。全体像を見たうえで、判断しなければいけないのですが、人情だけでやってしまうと、それができなくなってしまう。
あと、私もそうなのですが、日本人の弱点は、仕事はして、結果は出すが、それを、なかなかポジティブに売り出せない人がいますね。
                      (UNHCR本部アジア局長室で会議の進行役を務める伊藤さん)


黒岩:どうやって売るのがベストでしょうか?

伊藤:新しいポストに応募する時、できるだけ多くの関係者に自分が応募したことを伝えることですね。私もしませんが(笑)。

黒岩:私の妻(UNHCR職員)もそれができません。「そんなことしてポジジョン獲得できるわけない」みたいに思っています。単にシャイなんですね。

伊藤:私の知っている元上司なんて、応募してきた人の中に知り合いがいたら、「あれ、何の連絡もなかったな」と不思議がってた。「つまり、この人はそこまでこのポストを取りたくないのだな」という印象を与える可能性もあります。一言伝えておけば、ショートリストされなくても、その上司が本部に「この人なんでショートリストされなかったの?」と問い合わせることだってあります。自分の成果とかを2ページ書いて送られてくると困りますけどね。

黒岩:その辺のバランスがわからなくて。例えば、応募先の事務所の所長と一度会った事があって、その事務所がある国に別件で行った際、その所長をランチに誘ってロビーするというのは、有効な手段でしょうか?

伊藤:ランチよりも、事務所に顔出すくらいがいいのではないかな。私個人的にはメールが一番いいですね。応募した人がみんな面会求めてきたら大変ですからね。

黒岩:伊藤さんは、常々、人道援助、そしてUNHCRの活動は曲がり角にきているとおっしゃっています。

伊藤:いろいろな議論がありますが、現在主流の人道主義っていう観念は西洋からきていると私は考えています。最近の中国やトルコなどの台頭で、これまでの西洋主体の価値観、規範の土台が不安定になってきています。私がソマリアで活動していた時、トルコの援助団体がどっと入ってきて、国連のコーディネーションモデルとは全く別枠で面白い仕事をしていた。

黒岩:どんな良い仕事をしていたのですか?

伊藤: 私たち国連は、何をするにも、コーディネーションの形から入る。誰が何をやるのか話し合っているうちに、トルコがすぐに避難民キャンプをつくってしまった。これに対して、国連が、「このキャンプはレベルが高すぎて、避難民は自分たちの故郷に帰らないかもしれない。コーディネーションのメカニズムがあるから」と言っても、「ああそう」と言われるだけ。それに、彼らは「人道」「開発」「ビジネス」を区別していない。ニーズがあればビジネスでやるのもいい、キャンプを作るのも、道路を作るのもいいじゃないかというスタンスです。

黒岩:私がケニアの難民キャンプで働いていた時もトルコの援助団体が、国連とは別枠で、お金がなくて結婚ができないソマリアの若者たちに「結婚奨学金制度」みたいなのをやって、とても好評でした。

伊藤:ミャンマーでは、避難民キャンプで料理するのに使用する薪がないから、何かプログラムを始めようと欧米の政府系機関が言い始めた。そしたら、援助機関側は、それが、どのセクターが担当するのか、食料なのか、キャンプマネージメントなのか、シェルターなのか、長々と議論が続いて、頭にきました。

黒岩:これだけたくさん組織があると、どうしてもコーディネーションは必要になります。かといって、トルコみたいに単発でやるのもどうかと思います。

伊藤:コーディネーションはあくまでも手段であり目的ではありません。しかしドナー側の思惑もあり、国連機関は、どれだけのニーズがあって、どれだけのお金でどれだけのインパクトを出したのかを統一した表で見たい。そういう表を、全世界で統一すれば、グローバルの指標が出せる。支援がマクドナルド化していくのです。コーディネーションの過度なシステム化が私の懸念です。そういう中で、UNHCRはどんなスローフードを出せるのか?これまで通り、「マンデートだから、UNHCRはこれをやらないといけない」という議論だけでは通用しなくなっていくような気がします。

黒岩:UNHCRはどんな「スローフード」が出せるでしょうか?

伊藤: 近年、特定の国あるいは緊急援助のオペレーションに限定されたドナーの支援が多くなってきており、UNHCRは高度にシステム化された援助体系の完全な一部になることが要求されてきます。その結果オペレーションにはお金とスタッフが付き易くなります。その裏で、アフガニスタンなどもう「旬」の過ぎたオペレーションへの資金調達が難しくなってきているのも現実です。さらに、難民ひとりひとりと向き合っての活動が多い「プロテクション(保護)」はシステム化するのが難しく、裨益者一人にかかるコストもシステム化された緊急援助オペレーションに比べて高くなり、資金調達も難しくなります。UNHCRはシステムの中の「緊急援助組織」なのか個人を対象とした「保護組織」なのか、その両立はどこまで可能なのかという議論が必要となっているのではないでしょうか。さらに、政治的解決のないままでの紛争犠牲者への援助は、内部疾患を無視して痛み止めを投与しているようなものです。そこで、旧ユーゴスラビアで試みたように、人道だけでなく難民の政治的解決を促す国家間の交渉者の役割を果たすのも一つのアイディアだと思います。模索できる道は色々あると思います。

インタビュー後感想:伊藤さんが「人情が大きくなりすぎてしまう」と言った瞬間、はっとさせられた。自分も「難民を助けたい」という人情だけで、 これまで数多くの失敗をしてきた。例えば、ケニアのダダーブ難民キャンプで働いていた際、援助機関が難民の従業員に団体の資金管理を任せない現状に腹が立ち、自分の団体で働く難民に資金管理を任せた後、その難民がお金と共に失踪。援助機関が抱く難民に対する不信感をかえって助長させてしまった。伊藤さんの話を聞き、支援の難しさを改めて思い知った。


 聞き手プロフィール:黒岩揺光 国連難民高等弁務官事務所ジュネーブ本部にてアソシエートプログラム担当官。元毎日新聞記者。ケニアのダダーブ難民キャンプで国連機関やNGOで2年8ヶ月働く。

世界肝炎の日(7月28日)

世界保健機関エイズ部肝炎プログラム医官
(金沢大学大学院医薬保健学総合研究科・医薬保健学域学医学類助教)
  荒井 邦明
 

728日は世界肝炎の日 (World hepatitis day) です.世界肝炎の日は、世界的レベルでのウイルス性肝炎のまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消や感染予防の推進を図ることを目的として2010年のWHO総会で決定し、2011年から実施されている比較的新しい記念日です.2014年にWHOと金沢大学は協力協定(MoU)を結び、私はその一環として201412月から20156月までWHOGlobal Hepatitis Programme (GHP)にて業務させていただく機会をいただきました.世界肝炎の日を迎えるにあたり,この7ヶ月間の業務内容や感想を中心に,GHPのウイルス肝炎における活動を紹介させていただきます.
 GHPは,WHOのエイズ・結核・マラリア・熱帯病局内に所属しています.世界ではウイルス肝炎が原因で年間140万人以上の人々が亡くなられており、死亡者数を見ると、いわゆる三大感染症(エイズ、結核、マラリア)と比べると、死亡順位1位のエイズ、2位の結核の中間に位置します。そのため、GHPではウイルス肝炎の制圧を目指し、診断・治療指針の作成、行動計画の立案、資金・技術・人的支援などの活動に取り組んでいます。今年の世界肝炎の日のテーマは「Prevent hepatitis. Act now」であり,感染リスクの周知,安全な注射方法の確立,ワクチンや肝炎検診の普及など通じてウイルス肝炎の予防を目指しています.(http://www.who.int/campaigns/hepatitis-day/2015/en/http://worldhepatitisday.org/en
ウイルス肝炎の中で最も罹患率が高いのはB型肝炎とC型肝炎です.C型肝炎の治療は従来インターフェロン注射を主体とする治療が中心であり,改良によりウイルスの排除成功率は5%から80%へと徐々に改善してきましたが,半年間ないし1年間にわたる週1回の通院が必要で,多彩な副作用に患者・医師ともに苦悩しながら治療する状況が続いていました.この状況が20年以上続いた中,2014年に経口の抗ウイルス薬が相次いで使用可能となり、治療法が劇的に変わる瞬間を迎えています。この新しい治療薬は,注射不要で,3ヶ月間複数の薬を内服することにより95%以上の成功率でウイルス排除を可能とし,しかも副作用が軽微であるため,従来副作用のため治療の対象にならなかった人にも治療が可能になりました.まさにC型肝炎ウイルス撲滅も視野に入ったGame Changeというべき状況をもたらしています.世界基準での診断・治療が進むよう,肝炎に関連するガイドラインの作成はGHPの重要活動のひとつであり、20144月にC型肝炎ガイドライン,20153月にB型肝炎ガイドラインを相次いで発表・発刊しましたが,この新薬の登場をふまえ早急な治療ガイドラインの改訂が必要と考え、2015年内の発表を目指して改訂作業を行っています.
Global Hepatitis Programme
Team leader, Dr. Stefan Wiktor
 WHOの肝炎ガイドラインは、欧米を中心とした高所得国ではなく、患者数の多い低中所得国で実用されることを念頭に作成されます。その作成プロセスには、最新の医学知見と治療費の折り合いを考える必要があります.C型肝炎の新薬は価格が非常に高く、例えば米国では12週間の薬剤費として9万ドル(約1000万円)近くかかっています。新薬の開発には膨大な費用がかかるため薬価が高額になるのですが、この値段では低中所得国で使用することが困難です。医療資源が限られた状況でも医療現場で実現可能なガイドラインを作成するとともに、低中所得国で実際に治療薬が入手可能な仕組みもあわせて提供してくことも重要です.GHPはエイズ治療薬へのアクセスを改善した経験を生かし、ODAや複数の基金と協力して低所得国への資金・治療薬援助の枠組みを作るとともに、高価な医薬品のパテントをジェネリック会社が使えるよう促進し、安価で品質の保証されたジェネリック薬の製造といった治療薬へのアクセスを高めていく取り組みもあわせて行っています。

 ※なお,本記事の意見にわたる部分は筆者の個人的見解であることにご留意下さい.


ネルソン・マンデラの日(7月18日) 

UNICEF
民間資金調達・連携部
プログラムマネージャー
伏見 暁洋 
 
 
718日はネルソン・マンデラの日です。これは、2009年に国連が制定した国際デーの1つで(http://www.un.org/en/events/mandeladay/)、1918年のこの日、南アフリカ共和国の政治家で元大統領のネルソン・マンデラ氏が生まれました。

マンデラ氏は、反アパルトヘイト運動を主導したことにより反逆罪で逮捕され、27年間に渡り刑務所に収容されました。1990年に釈放された後、アフリカ民族会議(ANC)の議長として、アパルトヘイトを撤廃する方向へと南アフリカを導いた功績によって、当時のデクラーク大統領と共に1993年ノーベル平和賞を受賞。1994年の全人種参加選挙に勝利し大統領に就任してからは、民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画を実施しました。1997年にANC議長の座を当時のムベキ副大統領に譲った後、1999年に政界を引退。その後も高い人気を誇り、自身の財団を通じて社会貢献の分野でリーダーシップを発揮しました。2013125日、ヨハネスブルグの自宅で死去(95歳没)しますが、マンデラ氏のビジョンや人生の道のりは、今でも多くの人にインスピレーションを与え続けています(https://www.youtube.com/watch?v=jgQBoXsxr8w

この718日のマンデラ・デーでは、氏がアパルトヘイト政策と闘った「67年」を記念し、世界中の人々に対して、誰かの幸せのために少なくとも「67分」の時間を費やすことを提案しています(http://www.mandeladay.com/)。貢献はどんな形でもいいのですが、教育と識字、食糧の安全保障、シェルターとインフラ、サービスとボランティア活動といった分野が特に奨励されています。


  
 
マンデラ氏は子どもたちとその教育について、以下のようなメッセージを残しています。


「子どもについて」
  • Each of us, as citizens, have a role to play in creating a better world for our children.
  • History will judge us by the difference we make in the everyday lives of children.
  • The true character of a society is revealed in how it treats its children.

「教育について」
  • Education is the most powerful weapon which you can use to change the world.
  • As you are undoubtedly aware, educating ALL of our children, must be one of our urgent priorities.
  • It is not beyond our power to create a world in which all children have access to a good education. Those who do not believe this have small imaginations.
  • No child in Africa, and in fact anywhere in the world, should be denied education. I know that we can reach this goal.
 
 
こうしたマンデラ氏の理念に共感したUNICEFは、ネルソン・マンデラ財団(https://www.nelsonmandela.org/)とネルソン・マンデラ教育・農村開発研究所(http://www.mandelainstitute.org.za/index.php)、そして他のパートナーと共に、 “Schools for Africa”http://www.schoolsforafrica.org/)というイニシアティヴを2005年に立ち上げました(http://www.unicef.org/media/media_69646.htmlhttp://www.unicef.org/infobycountry/southafrica_69771.html)。その目的は、サハラ以南アフリカ諸国の教育分野における課題や可能性について情報発信をすると同時に、各国政府の教育政策の策定とその実施を支援するために、世界中の民間セクターから資金協力を募ることです。過去10年間で、日本を含む26カ国から毎年約2000USドル(約20-25億円、3分の2は企業から)の資金協力を得て、Schools for Africaは現在フェーズ32014-2017)に入り、13カ国(アンゴラ、エチオピア、ギニアビサウ、シエラレオネ、ジンバブエ、ニジェール、ブルキナファソ、マダガスカル、マラウイ、マリ、南アフリカ、モザンビーク、ルワンダ)の教育プログラムをサポートしています(例:https://www2.unicef.or.jp/jcuApp/entry/ms_saf.jsp)。
 

マンデラ財団や他のパートナーとの会合。

マンデラ氏の故郷、東ケープ州のQunuにて。

 
 

WHO野崎慎仁郎氏による講演会

2015619日に、これまで日本赤十字社、外務省、国際厚生事業団、WHOジュネーブ本部などでご活躍され、JSAGの幹事も長年ご担当いただいた野崎慎仁郎氏に「ロジを極めれば世界を制す」と題してご講演いただきました。

これまでの国際保健医療分野でのご経験、7月から異動されるWHO神戸センターの改革、仕事の哲学など、豊かなご経験にもとづいたお話をいただき、物事を大局から見ることや真心で人と接することの重要性、どんな仕事にも真摯に取り組む姿勢など、多くを学ばせていただきました。


講演会のスライド議事録をリンクからご覧いただけます。





難民の日:難民と防災

 6月20日は世界難民の日(World Refugee Day)でした。 難民への世界的な関心を高めようと、 2000年の国連総会で制定されました。
緒方貞子さんが代表を努めていたことでも知られる国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は1951年に第二次世界大戦により住むところを失った人を支援するために設立されました。(UNHCRホームページより。http://www.unhcr.or.jp/html/index.html)
世界125カ国に約7,700名のスタッフがいます。UNHCRの最も重要な任務は、人種や宗教、政治的な理由などで自国に居ては迫害を受ける恐れがあるため他国に逃れてくる人々を、 『保護』することです。

 難民の日に合わせ、ジュネーブ本部で働く黒岩揺光さんに話を聞きました。黒岩さんは現在「環境エネルギーユニット」に所属しています。今年3月に仙台であった国連防災世界会議に出席し、難民キャンプが頻繁に洪水や地滑りなどの小規模災害に見舞われている現状を世界から集まった出席者に報告しました。


(今年3月の国連防災世界会議にて)

黒岩さんが今年1月に実施した調査によれば、世界の難民キャンプに暮らす約400万人のうち、10万人が洪水や地滑りなどで家を失ったということです。一度紛争などで祖国を追われ、再び難民キャンプでも家を追われるという二重災害です。難民キャンプの多くは、限られた面積に多くの人が密集していたりして、災害への脆弱性が高く、「地元政府との協力が欠かせない」と黒岩さんは訴えます。
また、「日本の防災のノウハウが難民キャンプでも役立つことがあると思う」と黒岩さん。これからの活動が楽しみですね。

黒岩さんは元新聞記者で、ケニアのダダーブ難民キャンプでも約3年、支援活動をしていました。詳しくはこちらをご覧ください。

外務省のページ  

 在ケニア大使館のページ

http://www.ke.emb-japan.go.jp/Ganbaru/ganbaru8.html

           (ケニアのダダーブ難民キャンプで)

(筆者: 松本彩香 IFRC(国際赤十字赤新月社連盟)グラントコーディネーター)

学習院女子大学によるジュネーブ研修


2015429日から54日に、学習院女子大学国際文化交流学部国際コミュニケーション学科の学生さん6名が「国際機関で働くとは」をテーマに、ジュネーブを拠点とする国際機関を訪問されました。

国際労働機関(ILO)、世界保健機関(WHO)、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)、国連児童基金(UNICEF)、国連欧州本部(UNOG)、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の計7か所の機関で、様々な分野の専門家から直接話を聞くことができ、参加者からは、「それまで曖昧であった国際機関での仕事というものをより身近に感じることができ、新しい視点を得る有意義な機会であった」という感想を頂きました。

研修概要はこちらからどうぞ。