国際機関邦人職員インタビュー 世界保健機関(WHO) 小川祐司さん

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 今回の国連職員インタビューでは、世界保健機関(WHO)Dental Officerの小川祐司さんにお話を伺いました。  
「口の健康なくして全身の健康は成り立たない」―口腔保健の重要性


現在されている仕事を教えてください。
世界的に口の健康の重要性は残念ながらまだ十分に認知されていません。WHOでは口の健康の重要性を広めるために、口と全身の健康の関連性、つまり口腔疾患はNCDs(非感染性疾患)の一つである事を提唱しています。特に口の健康と全身の健康の両方に影響を及ぼす、Common Risk Factorコントロールの必要性を提唱し、生活習慣の改善を促しています。 
喫煙が全身に悪影響を与えることはみなさんご存知だと思いますが、歯周病や口腔癌など口腔への影響を与える事も指摘されています。つまり喫煙対策は歯科の分野からも取り組む事が必要とされているという事です。現在WHOでは歯科治療の一環として禁煙指導をどのように取り入れていくべきかのプロトコールを作っています。 
砂糖の摂取は糖尿病や肥満に影響する事はもちろん、歯科ではむし歯に関与しています。従って歯科医師という立場で砂糖の摂取量のコントロールすることは、口の健康を通じて全身の健康にも貢献できると考えています。

以上のようなCommon Risk Factorの考え方をどれだけ定着させ歯科の重要性を普及する事が出来るかが課題だと思います。 
口腔保健は直接的に命に関わる分野ではないため、どうしても他の分野と比べて優先順位が低くなってしまいます。しかし生活習慣病の蔓延でQOL(Quality of Life)が下がるというエビデンスが出てきている中で、QOLを下げないようにするためには「食べる」事が大切だと考えられています。また、口腔保健対策は費用対効果が高いというエビデンスも多くあります。今後、口腔保健の重要性の認知がより深まる事を願います。 

海外大学院への進学、新潟大学での博士課程を経てWHO

シドニー大学の大学院に進学されていますが、その動機、その頃に描いていた自分の将来像を教えてください。 
もともと父親が歯科医師であったため、自分も歯科医師になるようにと言われていました。しかし、目の前の患者さんを治療するというよりも、より多くの人の口腔の健康に興味がありました。大学時代の恩師がこの考えに賛同してくれて、海外で勉強する事を薦めてくれオーストラリアで修士号をとる事になりました。オーストラリアへの留学をした理由は生活のしやすさもありますが、むし歯予防のための公衆衛生対策、例えばフッ素の水道水への添加(Fluoridation)が非常に進んでいた事も大きな理由の一つです。修士課程では口腔保健と国際保健の基礎を勉強する事が出来たと思います。また外国の大学で勉強するという初めての経験の中で、多様な人種、バックグラウンドの人々と一緒に勉強し、それぞれの国の背景や文化など教科書だけでは学べないような 様々なものを学ぶ事ができました。その経験は現在WHOで働くにも少なからず役に立っており、そういう意味からも留学経験は非常に有意義だったと思います。
  
留学後にWHOで働く事になった経緯を教えてください。
修士課程を終えた後に、新潟大学で博士課程に進学しました。 国際学会に参加した際に偶然私の前任のWHODental Officerに会いました。新潟大学の教授がWHOの仕事を長年されていた経緯もあり、そこでWHOに来て仕事をしないか、という話が持ち上がり2003年から2年間Short Term Professionalとして仕事を行いました。2007年には新潟大学が日本で唯一の歯科分野におけるWHO Collaborating Centerとなりました。その後前任のDental Officerが退任された後に私が赴任したのが2014年の事です。 
現在振り返ってみると、新潟大学の博士課程への進学を決めた事が現在WHOでの仕事をする事に繋がり、国際口腔保健に携わることになったターニングポイントだったと思います。
  
口腔保健分野における日本からの国際貢献のための仕組みを作りたい 
帰国後はどのような仕事をされますか?
帰国後はもともとの新潟大学に戻りますが、日本の口腔保健分野が国際的に貢献できるような仕組みを作る事が自分の仕事だと思っています。特にそのための人材育成が重要だと考えています。また、口の健康が全身の健康にとって重要だというエビデンスをより強固なものにしていく必要があります。特に今までのエビデンスはそのほとんどが先進国からのものでしたが、今後は発展途上国からのエビデンス、経験の共有も求められています。 NCDsはもはや先進国だけの問題ではなく、発展途上国でも大きな問題となってきています。つまり先進国-発展途上国に関わらずNCDsの対策に取り組んで行くことが必要となります。発展途上国においても口の健康とNCDsの関連性についてのエビデンスを示し、それに基づいた対策が必要になってきていると思います。

また、口腔疾患の有病率などのデータを集める事も重要だと考えています。世界的には口腔疾患の状況については情報が限られています。これは残念ながら口腔保健が軽視されていたためでもあると思います。小児のむし歯についてはまだ問題として認識されている方ですが、成人の歯周病や高齢者の歯の喪失の程度などといった状況についてのデータがほとんどありません。これらの疾患の状況をモニターするDisease Surveillanceの確立が今後の課題だと思います。各国が口腔保健の政策を立案する際にもデータがない状況ではエビデンスに基づいた適切な政策が作られません。現在ミャンマーにおいてWHOが策定した標準的な口腔疾患の調査方法について現地の人々にトレーニングを行い、それを踏まえて20171月から歯科疾患実態調査が行われています。 トレーニングから調査、解析、データのまとめとそれに基づく政策の立案までをモデルパッケージとして考えており、他の国でも同様に実行できるようになれば、データの不足という問題点の解決に繋がっていくのではと考えています。
ミャンマーでの技術指導にて
このような国際保健の分野を目指す学生からのよくある質問として、どれくらいの臨床経験が必要なのかという事がありますが、ご自身の考えはありますか? 
私が臨床をしなくても、代わりに臨床をしてくれる人がたくさんいるので、臨床をしていない事へのコンプレックスは特別ありません。しかし、ある程度臨床をしてから公衆衛生のフィールドに入る事は大切であり、最低限の経験は必要だと思います。 

国際保健を目指す歯科学生へのメッセージをお願いします。
このグローバル社会の中で海外に目を向けて働くことが当たり前になりつつありますが、歯科の分野で国際的に働く人は少ないと思います。特に日本人となると本当に少ないです。だからこそ可能性は大いにあるでしょう。その道を見出すためには英語力はもちろん、運やタイミングも重要だと思います。
一方で、学生に対して「頑張れ、頑張れ」というのみでなく、学生が自信をもって海外に出ていけるような仕組み、体制をつくることが必要だと思います。例えば、日本の歯科大学で「国際歯科保健」を専門で行う教室を作る事も必要な事だと考えます。

聞き:原田有理子 (WHOインターン/九州大学歯学部)
2016年3月11日

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