国際開発ジャーナル誌2016年8月号 城取 美保さん (UNCTAD)

国際開発ジャーナル誌2016年8月号の「ジュネーブ便り」に掲載された、UNCTADで働く城取 美保さんの記事を転載いたしました。

国際開発ジャーナル誌2016年7月号 ペロナ 晶子さん (UNITAR)

国際開発ジャーナル誌2016年7月号の「ジュネーブ便り」に掲載された、UNITARで働くペロナ 晶子さんの記事を転載いたしました。

世界抗菌薬啓発週間 特別インタビュー:ケイジ・フクダWHO事務局長特別代表

 世界保健機関(WHO)は、2015年から11月の一週間を、世界抗菌薬啓発週間と定めています(2016年は14日~20日)。薬剤耐性菌が原因となり抗菌薬(抗生物質)の効果が失われ、疾病が長引いたり、死亡者が増すことが世界中の脅威となっている今、その拡大の抑制のために、政策立案者、医療従事者、農業従事者、そして一般市民の早急な対応が求められています。JSAGでは、世界抗菌薬啓発週間にあたり、WHOで本課題分野を統率するケイジフクダ事務局長特別代表にインタビューを行いました。



誰もが耐性菌を減らすために貢献できる

- 薬剤耐性菌の問題で人々に最も知ってもらいたい事はなんですか。

 一番知ってほしいことは、みなさん誰もが薬剤耐性菌を減らすために貢献ができるということです。例えば、病院を受診した際に、抗生剤が必要と判断されればもちろん使用するべきですが、抗生剤が必要でない場合もあります。ですから、むやみに抗生剤を要求するのではなく、医師に必要性について適切に判断してもらうことが重要です。また、家畜や養殖の魚の成長を促進するために抗生剤を使ってよいものか否か、現在大きな議論になっています。この点ではみなさん消費者が畜水産業界の抗生剤使用に与える影響は大きく、消費者がどのような食品を求めるかが耐性菌の増加も大きく左右するでしょう。さらに、 家畜への抗生剤使用がみなさんの健康に与える影響について認識することはとても重要です。これらが、耐性菌を減らすために誰もができる事だと思います。



家畜の成長促進のために大量の抗生剤が使用されている

-薬剤耐性菌を減らすためは何が変わらなければいけないでしょうか。特に重要な事を教えてください。

 いくつかの抜本的な変化が必要だと思います。まず一番大切な事は、人々が薬剤耐性菌の問題の重要性について気づくことです。この問題を聞いたこともないという人も多いと思います。何が問題なのか、なぜ問題なのか、人間社会にいかに脅威となるのか気づいていません。みなさんがすぐにできることとしては、薬剤耐性菌の問題についての皆の意識を高め、周囲の人々にも情報を伝えていくことです。

 薬剤耐性菌が社会に与える影響の例として、一番わかりやすいのは多くの人々の命が奪われてしまうことでしょう。病気の治療も難しくなります。これは経済成長にも大きな悪影響を与え、国によっては現在の経済成長が鈍化し、貧困状態に戻ってしまうほどかもしれません。また、人々にとって理解がしづらいかもしれませんが、家畜を育てるのにも抗生剤が必要です。病気になったら治療をする必要があります。つまり、有効な抗生剤を失うということは、持続的に食料を生産するすべを失うことも意味します。また、ぜひみなさんに知ってほしいのですが、現在家畜などのの成長を促進するために用いられる使用される抗生剤の量が、抗生剤が生産される量の大部分を占めています。さらに家畜を通じて大量の抗生剤が最終的には環境中に出てしまいます。環境中に出た抗生剤がどのような影響を持たらすのか、完全にはわかっていませんが、この現状は危惧すべきだと思います。


耐性菌は貧困国の開発にも多大な影響を及ぼす

 薬剤耐性菌が社会に影響を与える最後の例ですが、貧困国の開発状況を改善していくことは国際的な主要課題で、世界中が望んでいることです。世界の安定、公正、平等のためには不可欠です。しかし、先程までに述べたような耐性菌による死亡率の上昇、経済への悪影響、食料生産能力の低下などが、貧困国の発展を困難にします。ですから薬剤耐性菌は貧困国の開発にとっても脅威です。これらの事はほとんどの人がまだ知らない思います。まずみなさんが知る必要があります。薬剤耐性菌というとても大きい問題があるという事、その影響は計り知れないということ、そして世界中で耐性菌が増えているということを知る必要があります。

 その上で、耐性菌を実際に減らしていく上でとても困難なのが、幅広いセクターの協力体制を構築することです。耐性菌の問題は保健セクターや、農業セクターだけでは対応できません。それらのセクターに加えて開発、金融セクター、外務省の協力なども必要です。それらのセクターの十分な協力、協調体制をどのように構築するかはとても難しい課題です。これは必ずしなければいけませんが、とても困難です。これが耐性菌を減らすために必要な二つ目の条件です。

 第三に、耐性菌に関してわかっていない事がまだまだ多くあります。例えば、耐性菌が環境中に与える影響はよくわかっていません。どのようにして耐性菌が動物から人間に至るのか、正確な道筋もわかっていません。このように、解明しなければならない問題が山積しています。さらに重要なことですが、我々がどれだけ耐性菌を減らそうとしても、耐性菌の出現というのは細菌の遺伝子に組み込まれている自然現象であり、完全に防ぐことはできません。ですから、常に新しい技術、新しい抗生物質、診断方法、もしかしたら感染症を治療する新たな方法を開発していかなければなりません。現時点では、これらの開発を持続的に行うすべが確立していません。産業界とパプリックセクターが協力して模索していく必要があります。

 一方で、仮に新しい技術を開発したとしても先進国でしか使えなければ耐性菌を減らすことはできません。新しい技術へのアクセスは貧困国にとっては重要な課題です。途上国では、耐性菌が出現しているとわかっても、有効な抗生剤が手に入りません。既存の技術と新しい技術、両者へのアクセスを確立することが不可欠です。 これらの事が、次の数年間に直ちに行わなければならないことの中でも特に重要なものです。

日本に期待する貢献とは?

-日本に期待している貢献を教えてください

 世界的にみても最も困難な事の一つが、異なるセクター間の十分な協力体制を確立することです。例えばWHOは国際連合食糧農業機関や、国際獣疫事務局などの関係機関と緊密に協力をしています。国際的には異なるセクター間の協力の重要性がよく認識され、実現可能にするための努力がなされています。しかし、国内で実現するのはもっと難しいでしょう。保健セクター、農業分野セクター、その他のセクターなど、縦割りに分かれています。日本を含めすべての国々が、どのようにしてより協力できる体制を確立できるかを模索をしています。もし日本がこれを実現することができればアジアにとっても大きな貢献となるでしょう。


 次に、国際保健の最大の支援国の一つとして日本の資金面での協力は極めて重要です。日本自身にとっても、日本のリソースをいかに活用するか考えることは極めて重要でしょう。

 第三に、日本は技術面でとても優れているので、その技術を活用し、既存の問題を解決することができます。感染症の診断方法は先進国ではとても進歩していますが、途上国では困難です。先進国でさえ最新の診断方法は大きな施設に限られ、どこでも使用できるわけではありません。ですから、診断をより簡単に、正確に、安く、そして地方でもできるようにする。これらの技術的課題を日本の研究者や産業界が解決することができれば多大な貢献になるでしょう。


-日本の人々に対してメッセージをお願いします。

 耐性菌の問題には長期的に取り組まなければなりません。一朝一夕では解決はできません。耐性菌の出現は自然現象であり、ゼロにすることは不可能です。 しかし、もし均衡を保つことができるようになれば、耐性菌の分野、保健分野を越えて、他の多くの分野にとっても有益なものとなるでしょう。耐性菌を減らすために必要な事複数のセクターの協力、新しい技術を持続的に開発するためのシステム、またそれらに対するアクセスを確保することこれらを成し遂げることができれば、その知見を他の多くの国際問題に応用できます。 これらを達成するには時間がかかるかもしれません。しかし、我々は必ずできると確信しています。ですから、長期的かつ持続的な耐性菌との戦いに備えなければなりません。そしてこれは絶対に可能なことなのです。

インタビュー後に。聞き手:湊夕起(右)・濱田洋平(左)








国際機関を目指す留学生との懇親会のお知らせ

ジュネーブ在勤の国際機関邦人職員の皆様
  
ジュネーブとその近郊には、少なくとも3040人を超える日本人留学生や研究生が学んでいます。ジュネーブ国際機関日本人職員会(JSAG)は、今年度の活動目標の一つに「次代を担う日本人学生との交流・サポート」を掲げ、10月には彼らとの顔合わせ会を行いました。

彼らからは、国際機関への就職を目指すためにも、ぜひ最前線で活動する先輩方の生のお話しが聞きたいとの声があがりました。これをふまえ、JSAGでは、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部およびGraduate Institute日本人留学生有志のご協力を得て、日本人留学生等を対象に、国際機関への就職に関する説明会を開催することになりました。

説明会に引き続き、19時半より留学生とのJSAG会員との懇親会を下記のとおり開催し、職員に対して仕事内容や生活のことなどを自由に質問してもらえる機会を設けたいと考えています。

未来を担うグローバルな若者を育てるために、ぜひ、皆様のお力をお貸し下さい。
彼らの前向きで、エネルギッシュな姿勢は、私達にとっても良き刺激になることと思います。

お一人でも多くのご参加を、心よりお待ちいたしております。


                 記

1.日時
2016年11月25日(金) 19時半~21時頃まで

2.場所
Le Scandaleの地下スペース (Rue de Lausanne 24, 1201 Genève)

.参加費
懇親会で提供いたしますピザ等の軽食費として当日10フラン徴収いたします。なお、お飲み物や追加で注文されます食べ物等につきましては、各自ご清算下さい。

.参加申し込み
ご参加頂けます場合、恐れ入りますが11月18日()までに、お名前・所属先・肩書きを参加登録用サイトにてご登録いただけますようお願いします。

コソボの防災能力強化に取り組むーUNDPコソボ事務所 富永文彦さん

今回はJPOプログラムを通して、UNDPコソボ事務所の持続可能な開発及び環境、気候変動・防災ユニットでプログラム・アナリストとして勤務されている富永文彦さんに現在の仕事についてなど寄稿して頂きました。 

コソボの防災能力強化のために日本の協力でプロジェクトを立ち上げ


JPOになる前は何をされていたんですか。

米国の大学院で国際環境政策の修士号を修了後、モザンビークの日本大使館で、草の根・人間の安全保障無償資金協力の業務を担う外部委嘱員という仕事に就きました。ここでは開発の現場でどのようにプロジェクトが実施されるのかをドナーの視点から学ぶことができ、今の仕事にもつながる非常に良い経験ができました。モザンビークで1年半働いた後、プロジェクトのレベルではなく、より政策に近い分野での経験を積みたいと考え、ニュージーランド(NZ)の日本大使館で、経済及び経済協力担当の専門調査員の仕事を始めました。この仕事では、日本政府の外交方針や経済政策をNZ政府へ伝達し、また、逆にNZの政策を調査して日本の外務省へ報告するという業務を経験しました。特に印象的であったのは、気候変動枠組条約をはじめ国際的な交渉においては、会議が始まるかなり前から各国の首都で情報・外交戦が展開されているという点でした。その後、JPOプログラムに合格し、2015年3月からコソボの国連開発計画(UNDP)で働いています。

―現在の仕事の内容について教えてください

現在はUNDPコソボ事務所における環境、気候変動、防災分野のプロジェクトを担当しています。私の役割は主に、1)プロジェクトの実施管理、2) 新規プロジェクトのデザインおよび企画書の作成です。1つ目の役割は、進行中のプロジェクトの迅速な実施を監督することが求められます。現在は、コソボにおける防災能力強化を目的とするプロジェクトと、地方自治体の廃棄物処理をより効果的で持続可能なものにするためのプロジェクトの進捗状況を監督しています。
2つ目の役割では、UNDPや他の開発パートナーが拠出する資金を用いて実施するプロジェクトをデザインし、それを企画書に落とし込む業務を行っています。プロジェクトの分野や大まかな方向性は、各機関の優先事項やコソボにおけるニーズを総合的に勘案し、UNDPの常駐代表やドナー国の大使、そしてコソボ関係者などの協議である程度決まりますが、その後のプロジェクトのデザインや企画書の作成は事務レベルで詰めていくことになりますので、それを担当しています。

防災・復旧の重要な担い手―女性の防災関連能力強化を

―今度日本の協力でプロジェクトが立ち上がるとそうですが、どういったものなのでしょうか。

この度、日本政府が支援する日・UNDPパートナーシップ基金という枠組みで、私が企画段階から関わった防災分野の新しいプロジェクトをコソボで立ち上げました。このプロジェクトでは、多様なニーズを持つ人々の視点に立った包含的な防災対策を計画するほか、女性が防災・復旧の重要な担い手であると位置づけ、女性の防災関連能力の強化を図る予定です。
男女をめぐる社会的状況や、性別による伝統的な役割分担などの影響もあり、女性は災害リスクの高い人々と位置づけられることが多いのですが、コソボでは文化的に、女性が家庭やコミュニティ内での責任を持つことが多いため、逆に言えば、女性たちの災害に対する知識や防災能力を強化することで、彼女たちがコミュニティレベルでの防災対策の上で重要な役割を担います。例えば洪水が起こった際に、女性がどのような行動をとればいいのかを予め把握しておけば、家族全員を安全に避難させることが可能ですし、彼女たちが連帯すれば、コミュニティ全体としてのレジリエンスを高めることができます。
防災分野における優れた知見を有した日本が資金を拠出し、コソボの防災対策を継続的に支援してきたUNDPが実施する予定であるこのプロジェクトは、日本の国際協力機構(JICA)の支援との相乗効果も見込まれ、コソボの防災能力を更に向上させることが期待されます。 

―今後の夢や進路を教えてください。

2年契約の現職に就いてから既に1年半が経ったため、現在はUNDPをはじめ、国際機関での継続的な勤務を目指して新しいポストへ応募をしている状況です。国際機関では2~3年の有期契約という雇用形態が多いため、数年毎に新しいポストへ応募することが求められます。この制度は、雇用の安定という意味では過酷ですが、ポジティブに考えれば、数年毎に自分がやりたいことを明確にし、今の仕事が本当に自分の「命」を「使」ってするような「使命」の仕事なのか、自問自答する良い機会を持てているとも言えます。
私が開発分野を志す原点となったのは、父親の仕事の都合で、6~9歳までの3年間を過ごしたモンゴルでの経験です。当時のモンゴルは共産主義から資本主義への移行期で、街には貧困が溢れ、自分と同じぐらいの年齢の子どもが物乞いをし、マンホールの中で暮らしていることに、幼心ながら衝撃を受けたことを覚えています。こうした苛酷な環境下で生きていかなければならない人たちのために働きたい、少しでも役に立ちたいと思い、今後もこの仕事を続けていきたいと考えています。長期的には、 支援を必要とする人が自立し、私が現在行っているような仕事をなくすのが目標と言えるかもしれません。

―最後にこれからJPOを受ける人へのメッセージをお願いします。

私の高校時代の先生が、国際人の要件はタフであること、と言っていましたが、実際に開発途上国の厳しい環境で、様々なストレスにさらされながら仕事をするようになり、ようやくこの言葉の意味をわかったような気がします。世界を舞台に国連の仕事をするというのは華やかなイメージがあるかもしれませんが、大変な面もあるということを理解した上で、 若い人にはどんどんこうした分野に挑戦していってもらいたいと思います。国際機関への登竜門という意味で、JPOプログラムは非常に素晴らしい制度ですが、国際機関への就職がゴールとなってしまえば本末転倒です。したがって、これからJPOを受ける方々は、常に国際機関で何をしたいのか、どうしたら世界を良い方向へ変えていけるか、何のためにJPOになるのか、といったことも併せて考えていっていただければと思います。

国際機関邦人職員インタビュー:UNICEF 伏見暁洋さん (後編)

今回は、前回に引き続きUNICEFジュネーブ事務所で民間資金調達・パートナーシップ部門のプログラムマネジャーとしてご活躍された伏見暁洋さんのお話の後編をお送りいたします。

50歳を越えているような人たちも博士号を取りに行く

先日パートタイムの博士課程を終えたということですが、博士課程を初めたきっかけを教えてください。

ガーナでのJPOが終わってケニアの地域事務所に移ったのですが、そこでの仕事というのは域内のカントリーオフィスの教育セクションと教育省などのパートナーをサポートする事で、アドバイザーとしての役割を果たす事が求められます。ですからそこの職員たちというのはみんなP4P5レベルで、海千山千の強者たちです。そこにP3としてぽっと入ってとても大変でした。その時に初めて全世界でのポストをめぐった競争を目の当たりにしたんですが、多くの人がポストを獲得するために博士号をとりに行くんですよね。もう20-30年くらい教育分野で働いていて50歳を越えているようなベテランの同僚・先輩たちも、退職までの残り10年間を生きる残るために博士号をとりに行っていました。やっぱり博士号をとることで、リサーチに関する基礎ができるし、アカデミックな人たち・研究者ともちゃんと話ができるようになりますしね。あとは根性がつきますね ()

-仕事をしながら博士課程の勉強をするのに上司の理解はどうやって得られたんですか。
パートタイムの博士課程では、最初の三年間は毎年夏に一ヶ月間、僕の場合は英国でしたが、現地に行く必要があって、最初の年には休暇を取っていきました。そうしたら休みなのに上司から仕事の電話が毎日のようにあったので、オフィスに帰ってから休みの半分を返してもらいました ()それからは毎年同じように半分休み、半分は勤務状態のままで行かせてもらいました。今まで一貫して運がよくキャリアパスをサポートしてくれるよい上司たちに恵まれたと思います。


-UNICEFで働いていくには博士号が必要なんでしょうか。
教育分野に関しては、仕事をする上で必須条件ではないものの、実際は持っている人がかなり多いと思います。私が以前いた東部・南部アフリカでは、地域事務所のアドバイザーをはじめ、各国事務所の教育セクションチーフレベルは、大半が持っていたという印象があります。政府・教育省のカウンターパートも、欧米などで博士号を取得した人が多いですし、実際の仕事の上でも、既存の研究や各分野の研究者に関する知識、データの読み方、リサーチの方法論、エビデンスの使い方など、博士課程で身につけることを応用する場面が多々あると思います。そういった意味で、学歴ばかりが大事というわけではありませんが、教育の専門家としてUNICEFに残っていくためには、博士号があったほうがいいと個人的には思いますね。


-仕事との両立は大変でしたか。
めちゃくちゃ大変でしたね。博士課程を初めて3年半くらいたって、ケニアでデータをとってからジュネーブに異動になったんですが、こちらへ来て最初の一年間は大学を休学しました。子どもたちが生まれて、新しい仕事も忙しく、そのまま続けるのは無理でしたね。それでも博士課程は楽しかったです。仕事をしてきてからアカデミックな本を読むと、今までやってきたことと理論がリンクします。その点では修士課程が終わってすぐに博士課程に進むより、一度仕事の経験を積んでからのほうがいいと思いますね。でもそうすると仕事、家庭などのタイミングを考えなくちゃいけなくなってくるんでそれはそれで難しいんですが。結局6年半かかりましたが、ようやく博士課程を終える事ができて本当に嬉しいです。これはジュネーブに来てよかったことの一つですね。

―他にジュネーブでよかったことはありますか
やっぱりJSAG(ジュネーブ国際機関日本人職員会)の活動があるのがよかったですね。こうやって分野が全く違う色々な国際機関の職員の人たちと交流できる機会は他の国ではあまりないですよね。JSAGを通じていろんな人と知り合いになることができてよかったです。

いつか日本に帰って校長先生をやってみたい

-伏見さんにとって教育でこれは大事だという事を教えてください。
僕の独断ですが、基礎教育レベルでは校長先生のリーダーシップがとても大事だと思います。仕事でいろんな学校を見て、博士号のリサーチでも学校経営・評価などについて調べましたが、校長先生のリーダーシップ、ビジョン、マネージメントが学校の組織文化や雰囲気を変えますし、先生や学生のやる気、保護者やコミュニティとの関係など、全てに影響を与えます。実は、私自身もいつか日本で校長先生をやってみたいと思っています。普通の公立学校であまりリソースが無い中で、小さい改革みたいなものを積み重ねて、できるだけの事をやってみたいですね。この新しい夢にいつ挑戦するかを考えていますが、まずはバンコクでの次の仕事を満喫したいと思っています。
JSAG幹事と共に(右から二番目が伏見さん)















国際機関邦人職員インタビュー:UNICEF 伏見暁洋さん (前篇)

今回は、UNICEFジュネーブ事務所で民間資金調達・パートナーシップ部門のプログラムマネジャーとしてご活躍された伏見暁洋さんを囲んでお話を伺いました。7月にタイのUNICEF東アジア・太平洋地域事務所に異動されるにあたって、ジュネーブでのお仕事、最近終えた博士課程の事などについて振り返って頂きました。前後編に分けてお送り致します。

馴染んだ現場を離れてジュネーブへ


-そもそもなぜジュネーブのポストに来たんですか?

それまでガーナやケニアで教育プログラムの仕事をしていたのですが、その関係で今の上司と知り合い、現在のポストに誘われました。私が今いる部署は民間との資金調達、パートナーシップを行っているのですが、そうした資金をより戦略的に動員・調達するために現地でのプログラムの経験がある人材を求めていました。現場から離れた本部の仕事にはあまり興味がありませんでしたから、最初はすぐに断りましたけどね(笑)。それでもそのポストの適任者が中々見つからなかった事もあり強く誘われたので、考えなおしてジュネーブに来ることにしました。


-どうしてでしょうか。

それまでにずっと教育分野で仕事をしてきたのですが、一度違う経験を積んでみたいと思ったからです。それと、UNICEFの職員は最初に専門分野でずっと仕事をしてきて、後になって専門分野を超えて国の事務所長などの管理職を目指す人も多いのですが、皆なかなか思い通りのポストを獲得できません。理由は色々あると思いますが、それまでに専門分野以外の経験が全くなかったり、組織全体のマネージメントといった「大局観」を持っていなかったりすることが、キャリアチェンジがうまくいかない要因となっていると個人的に感じました。そこで40代前半までに一度本部でマネージメントの経験をしておくと、将来管理職になりたいと思うようになった場合も含めて、キャリア後半の選択肢が増えていいかなと思ったのです。


どれだけ資金を調達するかは重要じゃない。子供が健康になって死亡率が下がって学校にいけるようになれば10億も50億も関係ない。


-ジュネーブに来てからはどうでしたか。

最初は後悔しましたね ()。現在の職場の同僚のほとんどは民間企業からきた人々で、マーケティング、ブランディングなどの職務経験はありますが、開発援助の知識や現場での経験はほとんどありません。ですから我々のような現場あがりはごく少数で、よそもの扱いでした。
それまで資金調達はいかに多くの資金を確保するかが優先順位で、その内容や質についてはほとんど重要視されていませんでした。そこで私なんかがいろいろと意見をいったりすると反撃をされることも多く、最初はかなり凹みましたね。それでも上司と共に現場から人材を少しずつ集めて、あきらめずにやってきたことが、徐々に認められてきたように思います。

-多くの資金を調達するだけでは何がだめなんでしょうか。

資金を多く獲得することは大切ですが、それだけが目的ではありません。究極的には、子どもが健康になって死亡率が下がって、質の高い教育を学校で受けられるようになれば10億も50億も関係ないと思ってます。また、徐々に変わってきていると感じますが、それでも企業によっては、、新しい市場の開拓や自社製品の販売促進をする思惑を隠さないで、資金の使い道を細かく指定してくることも少なくありません。しかし、その資金によって本当に子どもたちにインパクトを与える仕事ができなければ意味がありません。極端な例では、「そういう条件だったらお金はいりません」と断ることもありますね。やはり企業にはどうしても利益を追求するという目標がある。一方UNICEFにとっては子どもたちを救うことが目標です。二者ともに異なる目標を持っているなかで、それでも粘り強く交渉して、企業の理解を得ていくことが重要ですね。

-でも交渉が難しそうですね。どうやって説得するんですか。

UNICEFはブランド力があり、企業にとってもCSR活動の一環でお金を出すとしたら魅力的な機関ですし、企業もUNICEFにとっては不可欠なパートナーとなりつつあります。「じゃあお互いに協力して、お金だけでなく、専門的な技術や知識も出して何かいいことをやりましょう」と。その話し合いの繰り返しですね。譲れない部分はありますけど。

-ジュネーブの勤務を振り返ってどうでしたか

UNICEFでは、現場の最前線にいる専門職員であっても、プロポーザルやレポートを書いたり、ドナー・パートナーの現場訪問に対応したりして、基本的には全員が資金調達に関わらなくてはいけません。僕自身も現地の事務所でやっていましたが、それをグローバルレベルで見ることができたのはいい経験になりましたね。一方で教育分野への情熱を再確認しました。また次のポストでアジアの教育分野に携わるのが楽しみです。そこでも資金調達やドナー対応は必ずついてまわると思いますが、その点ではジュネーブでの経験は活用できると思いますね。

後編に続く