世界抗菌薬啓発週間 特別インタビュー:ケイジ・フクダWHO事務局長特別代表

0 件のコメント
 世界保健機関(WHO)は、2015年から11月の一週間を、世界抗菌薬啓発週間と定めています(2016年は14日~20日)。薬剤耐性菌が原因となり抗菌薬(抗生物質)の効果が失われ、疾病が長引いたり、死亡者が増すことが世界中の脅威となっている今、その拡大の抑制のために、政策立案者、医療従事者、農業従事者、そして一般市民の早急な対応が求められています。JSAGでは、世界抗菌薬啓発週間にあたり、WHOで本課題分野を統率するケイジフクダ事務局長特別代表にインタビューを行いました。



誰もが耐性菌を減らすために貢献できる

- 薬剤耐性菌の問題で人々に最も知ってもらいたい事はなんですか。

 一番知ってほしいことは、みなさん誰もが薬剤耐性菌を減らすために貢献ができるということです。例えば、病院を受診した際に、抗生剤が必要と判断されればもちろん使用するべきですが、抗生剤が必要でない場合もあります。ですから、むやみに抗生剤を要求するのではなく、医師に必要性について適切に判断してもらうことが重要です。また、家畜や養殖の魚の成長を促進するために抗生剤を使ってよいものか否か、現在大きな議論になっています。この点ではみなさん消費者が畜水産業界の抗生剤使用に与える影響は大きく、消費者がどのような食品を求めるかが耐性菌の増加も大きく左右するでしょう。さらに、 家畜への抗生剤使用がみなさんの健康に与える影響について認識することはとても重要です。これらが、耐性菌を減らすために誰もができる事だと思います。



家畜の成長促進のために大量の抗生剤が使用されている

-薬剤耐性菌を減らすためは何が変わらなければいけないでしょうか。特に重要な事を教えてください。

 いくつかの抜本的な変化が必要だと思います。まず一番大切な事は、人々が薬剤耐性菌の問題の重要性について気づくことです。この問題を聞いたこともないという人も多いと思います。何が問題なのか、なぜ問題なのか、人間社会にいかに脅威となるのか気づいていません。みなさんがすぐにできることとしては、薬剤耐性菌の問題についての皆の意識を高め、周囲の人々にも情報を伝えていくことです。

 薬剤耐性菌が社会に与える影響の例として、一番わかりやすいのは多くの人々の命が奪われてしまうことでしょう。病気の治療も難しくなります。これは経済成長にも大きな悪影響を与え、国によっては現在の経済成長が鈍化し、貧困状態に戻ってしまうほどかもしれません。また、人々にとって理解がしづらいかもしれませんが、家畜を育てるのにも抗生剤が必要です。病気になったら治療をする必要があります。つまり、有効な抗生剤を失うということは、持続的に食料を生産するすべを失うことも意味します。また、ぜひみなさんに知ってほしいのですが、現在家畜などのの成長を促進するために用いられる使用される抗生剤の量が、抗生剤が生産される量の大部分を占めています。さらに家畜を通じて大量の抗生剤が最終的には環境中に出てしまいます。環境中に出た抗生剤がどのような影響を持たらすのか、完全にはわかっていませんが、この現状は危惧すべきだと思います。


耐性菌は貧困国の開発にも多大な影響を及ぼす

 薬剤耐性菌が社会に影響を与える最後の例ですが、貧困国の開発状況を改善していくことは国際的な主要課題で、世界中が望んでいることです。世界の安定、公正、平等のためには不可欠です。しかし、先程までに述べたような耐性菌による死亡率の上昇、経済への悪影響、食料生産能力の低下などが、貧困国の発展を困難にします。ですから薬剤耐性菌は貧困国の開発にとっても脅威です。これらの事はほとんどの人がまだ知らない思います。まずみなさんが知る必要があります。薬剤耐性菌というとても大きい問題があるという事、その影響は計り知れないということ、そして世界中で耐性菌が増えているということを知る必要があります。

 その上で、耐性菌を実際に減らしていく上でとても困難なのが、幅広いセクターの協力体制を構築することです。耐性菌の問題は保健セクターや、農業セクターだけでは対応できません。それらのセクターに加えて開発、金融セクター、外務省の協力なども必要です。それらのセクターの十分な協力、協調体制をどのように構築するかはとても難しい課題です。これは必ずしなければいけませんが、とても困難です。これが耐性菌を減らすために必要な二つ目の条件です。

 第三に、耐性菌に関してわかっていない事がまだまだ多くあります。例えば、耐性菌が環境中に与える影響はよくわかっていません。どのようにして耐性菌が動物から人間に至るのか、正確な道筋もわかっていません。このように、解明しなければならない問題が山積しています。さらに重要なことですが、我々がどれだけ耐性菌を減らそうとしても、耐性菌の出現というのは細菌の遺伝子に組み込まれている自然現象であり、完全に防ぐことはできません。ですから、常に新しい技術、新しい抗生物質、診断方法、もしかしたら感染症を治療する新たな方法を開発していかなければなりません。現時点では、これらの開発を持続的に行うすべが確立していません。産業界とパプリックセクターが協力して模索していく必要があります。

 一方で、仮に新しい技術を開発したとしても先進国でしか使えなければ耐性菌を減らすことはできません。新しい技術へのアクセスは貧困国にとっては重要な課題です。途上国では、耐性菌が出現しているとわかっても、有効な抗生剤が手に入りません。既存の技術と新しい技術、両者へのアクセスを確立することが不可欠です。 これらの事が、次の数年間に直ちに行わなければならないことの中でも特に重要なものです。

日本に期待する貢献とは?

-日本に期待している貢献を教えてください

 世界的にみても最も困難な事の一つが、異なるセクター間の十分な協力体制を確立することです。例えばWHOは国際連合食糧農業機関や、国際獣疫事務局などの関係機関と緊密に協力をしています。国際的には異なるセクター間の協力の重要性がよく認識され、実現可能にするための努力がなされています。しかし、国内で実現するのはもっと難しいでしょう。保健セクター、農業分野セクター、その他のセクターなど、縦割りに分かれています。日本を含めすべての国々が、どのようにしてより協力できる体制を確立できるかを模索をしています。もし日本がこれを実現することができればアジアにとっても大きな貢献となるでしょう。


 次に、国際保健の最大の支援国の一つとして日本の資金面での協力は極めて重要です。日本自身にとっても、日本のリソースをいかに活用するか考えることは極めて重要でしょう。

 第三に、日本は技術面でとても優れているので、その技術を活用し、既存の問題を解決することができます。感染症の診断方法は先進国ではとても進歩していますが、途上国では困難です。先進国でさえ最新の診断方法は大きな施設に限られ、どこでも使用できるわけではありません。ですから、診断をより簡単に、正確に、安く、そして地方でもできるようにする。これらの技術的課題を日本の研究者や産業界が解決することができれば多大な貢献になるでしょう。


-日本の人々に対してメッセージをお願いします。

 耐性菌の問題には長期的に取り組まなければなりません。一朝一夕では解決はできません。耐性菌の出現は自然現象であり、ゼロにすることは不可能です。 しかし、もし均衡を保つことができるようになれば、耐性菌の分野、保健分野を越えて、他の多くの分野にとっても有益なものとなるでしょう。耐性菌を減らすために必要な事複数のセクターの協力、新しい技術を持続的に開発するためのシステム、またそれらに対するアクセスを確保することこれらを成し遂げることができれば、その知見を他の多くの国際問題に応用できます。 これらを達成するには時間がかかるかもしれません。しかし、我々は必ずできると確信しています。ですから、長期的かつ持続的な耐性菌との戦いに備えなければなりません。そしてこれは絶対に可能なことなのです。

インタビュー後に。聞き手:湊夕起(右)・濱田洋平(左)








0 件のコメント :

コメントを投稿