コソボの防災能力強化に取り組むーUNDPコソボ事務所 富永文彦さん
JSAG
今回はJPOプログラムを通して、UNDPコソボ事務所の持続可能な開発及び環境、気候変動・防災ユニットでプログラム・アナリストとして勤務されている富永文彦さんに現在の仕事についてなど寄稿して頂きました。
コソボの防災能力強化のために日本の協力でプロジェクトを立ち上げ

―JPOになる前は何をされていたんですか。
米国の大学院で国際環境政策の修士号を修了後、モザンビークの日本大使館で、草の根・人間の安全保障無償資金協力の業務を担う外部委嘱員という仕事に就きました。ここでは開発の現場でどのようにプロジェクトが実施されるのかをドナーの視点から学ぶことができ、今の仕事にもつながる非常に良い経験ができました。モザンビークで1年半働いた後、プロジェクトのレベルではなく、より政策に近い分野での経験を積みたいと考え、ニュージーランド(NZ)の日本大使館で、経済及び経済協力担当の専門調査員の仕事を始めました。この仕事では、日本政府の外交方針や経済政策をNZ政府へ伝達し、また、逆にNZの政策を調査して日本の外務省へ報告するという業務を経験しました。特に印象的であったのは、気候変動枠組条約をはじめ国際的な交渉においては、会議が始まるかなり前から各国の首都で情報・外交戦が展開されているという点でした。その後、JPOプログラムに合格し、2015年3月からコソボの国連開発計画(UNDP)で働いています。
―現在の仕事の内容について教えてください
現在はUNDPコソボ事務所における環境、気候変動、防災分野のプロジェクトを担当しています。私の役割は主に、1)プロジェクトの実施管理、2)
新規プロジェクトのデザインおよび企画書の作成です。1つ目の役割は、進行中のプロジェクトの迅速な実施を監督することが求められます。現在は、コソボにおける防災能力強化を目的とするプロジェクトと、地方自治体の廃棄物処理をより効果的で持続可能なものにするためのプロジェクトの進捗状況を監督しています。
2つ目の役割では、UNDPや他の開発パートナーが拠出する資金を用いて実施するプロジェクトをデザインし、それを企画書に落とし込む業務を行っています。プロジェクトの分野や大まかな方向性は、各機関の優先事項やコソボにおけるニーズを総合的に勘案し、UNDPの常駐代表やドナー国の大使、そしてコソボ関係者などの協議である程度決まりますが、その後のプロジェクトのデザインや企画書の作成は事務レベルで詰めていくことになりますので、それを担当しています。
防災・復旧の重要な担い手―女性の防災関連能力強化を
―今度日本の協力でプロジェクトが立ち上がるとそうですが、どういったものなのでしょうか。
この度、日本政府が支援する日・UNDPパートナーシップ基金という枠組みで、私が企画段階から関わった防災分野の新しいプロジェクトをコソボで立ち上げました。このプロジェクトでは、多様なニーズを持つ人々の視点に立った包含的な防災対策を計画するほか、女性が防災・復旧の重要な担い手であると位置づけ、女性の防災関連能力の強化を図る予定です。
男女をめぐる社会的状況や、性別による伝統的な役割分担などの影響もあり、女性は災害リスクの高い人々と位置づけられることが多いのですが、コソボでは文化的に、女性が家庭やコミュニティ内での責任を持つことが多いため、逆に言えば、女性たちの災害に対する知識や防災能力を強化することで、彼女たちがコミュニティレベルでの防災対策の上で重要な役割を担います。例えば洪水が起こった際に、女性がどのような行動をとればいいのかを予め把握しておけば、家族全員を安全に避難させることが可能ですし、彼女たちが連帯すれば、コミュニティ全体としてのレジリエンスを高めることができます。
防災分野における優れた知見を有した日本が資金を拠出し、コソボの防災対策を継続的に支援してきたUNDPが実施する予定であるこのプロジェクトは、日本の国際協力機構(JICA)の支援との相乗効果も見込まれ、コソボの防災能力を更に向上させることが期待されます。
―今後の夢や進路を教えてください。
2年契約の現職に就いてから既に1年半が経ったため、現在はUNDPをはじめ、国際機関での継続的な勤務を目指して新しいポストへ応募をしている状況です。国際機関では2~3年の有期契約という雇用形態が多いため、数年毎に新しいポストへ応募することが求められます。この制度は、雇用の安定という意味では過酷ですが、ポジティブに考えれば、数年毎に自分がやりたいことを明確にし、今の仕事が本当に自分の「命」を「使」ってするような「使命」の仕事なのか、自問自答する良い機会を持てているとも言えます。
私が開発分野を志す原点となったのは、父親の仕事の都合で、6~9歳までの3年間を過ごしたモンゴルでの経験です。当時のモンゴルは共産主義から資本主義への移行期で、街には貧困が溢れ、自分と同じぐらいの年齢の子どもが物乞いをし、マンホールの中で暮らしていることに、幼心ながら衝撃を受けたことを覚えています。こうした苛酷な環境下で生きていかなければならない人たちのために働きたい、少しでも役に立ちたいと思い、今後もこの仕事を続けていきたいと考えています。長期的には、
支援を必要とする人が自立し、私が現在行っているような仕事をなくすのが目標と言えるかもしれません。
―最後にこれからJPOを受ける人へのメッセージをお願いします。
私の高校時代の先生が、国際人の要件はタフであること、と言っていましたが、実際に開発途上国の厳しい環境で、様々なストレスにさらされながら仕事をするようになり、ようやくこの言葉の意味をわかったような気がします。世界を舞台に国連の仕事をするというのは華やかなイメージがあるかもしれませんが、大変な面もあるということを理解した上で、
若い人にはどんどんこうした分野に挑戦していってもらいたいと思います。国際機関への登竜門という意味で、JPOプログラムは非常に素晴らしい制度ですが、国際機関への就職がゴールとなってしまえば本末転倒です。したがって、これからJPOを受ける方々は、常に国際機関で何をしたいのか、どうしたら世界を良い方向へ変えていけるか、何のためにJPOになるのか、といったことも併せて考えていっていただければと思います。
22:15
寄稿
国際機関邦人職員インタビュー:UNICEF 伏見暁洋さん (後編)
JSAG
今回は、前回に引き続きUNICEFジュネーブ事務所で民間資金調達・パートナーシップ部門のプログラムマネジャーとしてご活躍された伏見暁洋さんのお話の後編をお送りいたします。

ガーナでのJPOが終わってケニアの地域事務所に移ったのですが、そこでの仕事というのは域内のカントリーオフィスの教育セクションと教育省などのパートナーをサポートする事で、アドバイザーとしての役割を果たす事が求められます。ですからそこの職員たちというのはみんなP4、P5レベルで、海千山千の強者たちです。そこにP3としてぽっと入ってとても大変でした。その時に初めて全世界でのポストをめぐった競争を目の当たりにしたんですが、多くの人がポストを獲得するために博士号をとりに行くんですよね。もう20-30年くらい教育分野で働いていて50歳を越えているようなベテランの同僚・先輩たちも、退職までの残り10年間を生きる残るために博士号をとりに行っていました。やっぱり博士号をとることで、リサーチに関する基礎ができるし、アカデミックな人たち・研究者ともちゃんと話ができるようになりますしね。あとは根性がつきますね (笑)。
―他にジュネーブでよかったことはありますか
やっぱりJSAG(ジュネーブ国際機関日本人職員会)の活動があるのがよかったですね。こうやって分野が全く違う色々な国際機関の職員の人たちと交流できる機会は他の国ではあまりないですよね。JSAGを通じていろんな人と知り合いになることができてよかったです。
僕の独断ですが、基礎教育レベルでは校長先生のリーダーシップがとても大事だと思います。仕事でいろんな学校を見て、博士号のリサーチでも学校経営・評価などについて調べましたが、校長先生のリーダーシップ、ビジョン、マネージメントが学校の組織文化や雰囲気を変えますし、先生や学生のやる気、保護者やコミュニティとの関係など、全てに影響を与えます。実は、私自身もいつか日本で校長先生をやってみたいと思っています。普通の公立学校であまりリソースが無い中で、小さい改革みたいなものを積み重ねて、できるだけの事をやってみたいですね。この新しい夢にいつ挑戦するかを考えていますが、まずはバンコクでの次の仕事を満喫したいと思っています。
50歳を越えているような人たちも博士号を取りに行く
先日パートタイムの博士課程を終えたということですが、博士課程を初めたきっかけを教えてください。
ガーナでのJPOが終わってケニアの地域事務所に移ったのですが、そこでの仕事というのは域内のカントリーオフィスの教育セクションと教育省などのパートナーをサポートする事で、アドバイザーとしての役割を果たす事が求められます。ですからそこの職員たちというのはみんなP4、P5レベルで、海千山千の強者たちです。そこにP3としてぽっと入ってとても大変でした。その時に初めて全世界でのポストをめぐった競争を目の当たりにしたんですが、多くの人がポストを獲得するために博士号をとりに行くんですよね。もう20-30年くらい教育分野で働いていて50歳を越えているようなベテランの同僚・先輩たちも、退職までの残り10年間を生きる残るために博士号をとりに行っていました。やっぱり博士号をとることで、リサーチに関する基礎ができるし、アカデミックな人たち・研究者ともちゃんと話ができるようになりますしね。あとは根性がつきますね (笑)。
-仕事をしながら博士課程の勉強をするのに上司の理解はどうやって得られたんですか。
パートタイムの博士課程では、最初の三年間は毎年夏に一ヶ月間、僕の場合は英国でしたが、現地に行く必要があって、最初の年には休暇を取っていきました。そうしたら休みなのに上司から仕事の電話が毎日のようにあったので、オフィスに帰ってから休みの半分を返してもらいました (笑)。それからは毎年同じように半分休み、半分は勤務状態のままで行かせてもらいました。今まで一貫して運がよくキャリアパスをサポートしてくれるよい上司たちに恵まれたと思います。
-UNICEFで働いていくには博士号が必要なんでしょうか。
教育分野に関しては、仕事をする上で必須条件ではないものの、実際は持っている人がかなり多いと思います。私が以前いた東部・南部アフリカでは、地域事務所のアドバイザーをはじめ、各国事務所の教育セクションチーフレベルは、大半が持っていたという印象があります。政府・教育省のカウンターパートも、欧米などで博士号を取得した人が多いですし、実際の仕事の上でも、既存の研究や各分野の研究者に関する知識、データの読み方、リサーチの方法論、エビデンスの使い方など、博士課程で身につけることを応用する場面が多々あると思います。そういった意味で、学歴ばかりが大事というわけではありませんが、教育の専門家としてUNICEFに残っていくためには、博士号があったほうがいいと個人的には思いますね。
-仕事との両立は大変でしたか。
めちゃくちゃ大変でしたね。博士課程を初めて3年半くらいたって、ケニアでデータをとってからジュネーブに異動になったんですが、こちらへ来て最初の一年間は大学を休学しました。子どもたちが生まれて、新しい仕事も忙しく、そのまま続けるのは無理でしたね。それでも博士課程は楽しかったです。仕事をしてきてからアカデミックな本を読むと、今までやってきたことと理論がリンクします。その点では修士課程が終わってすぐに博士課程に進むより、一度仕事の経験を積んでからのほうがいいと思いますね。でもそうすると仕事、家庭などのタイミングを考えなくちゃいけなくなってくるんでそれはそれで難しいんですが。結局6年半かかりましたが、ようやく博士課程を終える事ができて本当に嬉しいです。これはジュネーブに来てよかったことの一つですね。―他にジュネーブでよかったことはありますか
やっぱりJSAG(ジュネーブ国際機関日本人職員会)の活動があるのがよかったですね。こうやって分野が全く違う色々な国際機関の職員の人たちと交流できる機会は他の国ではあまりないですよね。JSAGを通じていろんな人と知り合いになることができてよかったです。
いつか日本に帰って校長先生をやってみたい
-伏見さんにとって教育でこれは大事だという事を教えてください。![]() |
| JSAG幹事と共に(右から二番目が伏見さん) |
22:39
インタビュー
国際機関邦人職員インタビュー:UNICEF 伏見暁洋さん (前篇)
JSAG
今回は、UNICEFジュネーブ事務所で民間資金調達・パートナーシップ部門のプログラムマネジャーとしてご活躍された伏見暁洋さんを囲んでお話を伺いました。7月にタイのUNICEF東アジア・太平洋地域事務所に異動されるにあたって、ジュネーブでのお仕事、最近終えた博士課程の事などについて振り返って頂きました。前後編に分けてお送り致します。
馴染んだ現場を離れてジュネーブへ
-そもそもなぜジュネーブのポストに来たんですか?
それまでガーナやケニアで教育プログラムの仕事をしていたのですが、その関係で今の上司と知り合い、現在のポストに誘われました。私が今いる部署は民間との資金調達、パートナーシップを行っているのですが、そうした資金をより戦略的に動員・調達するために現地でのプログラムの経験がある人材を求めていました。現場から離れた本部の仕事にはあまり興味がありませんでしたから、最初はすぐに断りましたけどね(笑)。それでもそのポストの適任者が中々見つからなかった事もあり強く誘われたので、考えなおしてジュネーブに来ることにしました。
-どうしてでしょうか。
それまでにずっと教育分野で仕事をしてきたのですが、一度違う経験を積んでみたいと思ったからです。それと、UNICEFの職員は最初に専門分野でずっと仕事をしてきて、後になって専門分野を超えて国の事務所長などの管理職を目指す人も多いのですが、皆なかなか思い通りのポストを獲得できません。理由は色々あると思いますが、それまでに専門分野以外の経験が全くなかったり、組織全体のマネージメントといった「大局観」を持っていなかったりすることが、キャリアチェンジがうまくいかない要因となっていると個人的に感じました。そこで40代前半までに一度本部でマネージメントの経験をしておくと、将来管理職になりたいと思うようになった場合も含めて、キャリア後半の選択肢が増えていいかなと思ったのです。
どれだけ資金を調達するかは重要じゃない。子供が健康になって死亡率が下がって学校にいけるようになれば10億も50億も関係ない。
-ジュネーブに来てからはどうでしたか。
最初は後悔しましたね (笑)。現在の職場の同僚のほとんどは民間企業からきた人々で、マーケティング、ブランディングなどの職務経験はありますが、開発援助の知識や現場での経験はほとんどありません。ですから我々のような現場あがりはごく少数で、よそもの扱いでした。
それまで資金調達はいかに多くの資金を確保するかが優先順位で、その内容や質についてはほとんど重要視されていませんでした。そこで私なんかがいろいろと意見をいったりすると反撃をされることも多く、最初はかなり凹みましたね。それでも上司と共に現場から人材を少しずつ集めて、あきらめずにやってきたことが、徐々に認められてきたように思います。
-多くの資金を調達するだけでは何がだめなんでしょうか。
資金を多く獲得することは大切ですが、それだけが目的ではありません。究極的には、子どもが健康になって死亡率が下がって、質の高い教育を学校で受けられるようになれば10億も50億も関係ないと思ってます。また、徐々に変わってきていると感じますが、それでも企業によっては、、新しい市場の開拓や自社製品の販売促進をする思惑を隠さないで、資金の使い道を細かく指定してくることも少なくありません。しかし、その資金によって本当に子どもたちにインパクトを与える仕事ができなければ意味がありません。極端な例では、「そういう条件だったらお金はいりません」と断ることもありますね。やはり企業にはどうしても利益を追求するという目標がある。一方UNICEFにとっては子どもたちを救うことが目標です。二者ともに異なる目標を持っているなかで、それでも粘り強く交渉して、企業の理解を得ていくことが重要ですね。
-でも交渉が難しそうですね。どうやって説得するんですか。
UNICEFはブランド力があり、企業にとってもCSR活動の一環でお金を出すとしたら魅力的な機関ですし、企業もUNICEFにとっては不可欠なパートナーとなりつつあります。「じゃあお互いに協力して、お金だけでなく、専門的な技術や知識も出して何かいいことをやりましょう」と。その話し合いの繰り返しですね。譲れない部分はありますけど。
-ジュネーブの勤務を振り返ってどうでしたか
UNICEFでは、現場の最前線にいる専門職員であっても、プロポーザルやレポートを書いたり、ドナー・パートナーの現場訪問に対応したりして、基本的には全員が資金調達に関わらなくてはいけません。僕自身も現地の事務所でやっていましたが、それをグローバルレベルで見ることができたのはいい経験になりましたね。一方で教育分野への情熱を再確認しました。また次のポストでアジアの教育分野に携わるのが楽しみです。そこでも資金調達やドナー対応は必ずついてまわると思いますが、その点ではジュネーブでの経験は活用できると思いますね。
後編に続く
後編に続く
22:46
インタビュー
国際機関邦人職員インタビュー:赤十字国際委員会 保田文子さん
JSAG
今回のインタビューは、赤十字国際委員会のデレゲート(国際職員)としてイスラエル・パレスチナ、スーダン、ラオスでご活躍された保田文子(やすだふみこ)さんにお話を伺いました。保田さんは現在聞き手と同じジュネーブアカデミーにて修士課程(Geneva Academy of International
Humanitarian Law and Human Rights / Executive
Master in International Law in Armed Conflict)にご在籍で、国際人道法を中心とした武力紛争下における国際法を学ばれています。アジア、アフリカの農村開発に10年ほど従事され、日本赤十字社のスマトラ島沖地震・津波災害復興支援事業の派遣要員としてインドネシアのバンダアチェでご活躍。その後、赤十字国際委員会の門戸を叩かれました。赤十字国際委員会の組織としての特徴や、実際国際人道法がどのように現場で使われているのかといったテーマを中心にお話いただきました。
赤十字国際委員会(ICRC)の任務について
黒田:他の国際機関や組織に比べて、赤十字国際委員会(以下ICRC)で働くことの強みを教えていただけますか。
保田:ICRCの強みは「中立」であることです。宗教や政治、民族や思想とは関係なく、すべての紛争当事者と平等に接し、戦争や武力紛争の犠牲を強いられた人々に対して人道的保護と支援を行っています。
しかし、紛争地域ですべての人々から中立の立場として受け入れられているわけではありません。ICRCの歴史の中で積み重ねられてきた活動で、中立の立場への理解を促しています。また、紛争地では中立の立場の介入が必要なので、それを機に話し合いを進めることができます。例えば、反政府武装勢力が捕らえた政府軍兵士を解放する際、ICRCに仲介を求めてくることがあります。両者のニーズにうまくICRCが入り込んでいます。
黒田:ICRCだからこそできないことはありますか。
保田:中立の立場を貫くと制限されることがあります。ICRCならではの保護活動の一つとして、収容所への訪問があります。国際人道法の‘番人’として、戦争捕虜や被拘束者への拷問や虐待を防ぎ、人道的な処遇を受けているかをモニタリングし、施設内に問題を発見した場合は状況の改善を当局に促します。しかし、被拘束者から拷問による体のあざを見せられ、無実を訴えられても釈放を要求することはできません。あくまで政治的介入は一切行わず、人道に則った行動を繰り返し説きます。
黒田:ICRCでは、武力を持ったセキュリティができないとのことですが、仮に銃を目の前に突き付けられていて相当のひっ迫した状態でもなす術がないということでしょうか。
保田:赤十字と赤新月、赤いクリスタルのマークは国際法で「攻撃してはならない」と定められています。なので、防弾チョッキも着なければ、車に防弾ガラスも装備しません。とはいえ、まれに例外もあります。無政府状態にあるソマリアなどでは、現地の警護員を雇っています。ただし、ICRCの活動理念の3つの柱「中立・公平・独立」のうちの「公平性」を保つため、戦闘状態にある31の民族全てから人員を引き抜いているんです。
そうした例外はあるものの、紛争当事者と全く信頼関係が構築できず、武力で攻撃される可能性が高い場合は、ICRCは基本的に両手を挙げて撤退します。ある任務で、デレゲートが現地スタッフとニーズ調査に行き、武力衝突に巻き込まれ、数日間、村に取り残されてしまいました。こうした状況では活動を変更または中断するしかありません。
しかし、多くの場合、ICRCは治安状況が不安定な中、複数の武装勢力が入り乱れる紛争の最前線で人道の「最後の砦」として活躍しています。紛争当事者に国際人道法に定められているICRCの特別な役割と任務を説明し、理解し受け入れてもらっているからこそできることです。
実際、スーダン政府軍とスーダン人民解放軍との武力衝突により激しい戦闘による深刻な人道危機が発生しているダルフールで、ICRCはほかの国際機関とは離れ、小さな事務所を市場の近くの住宅街に構え人道支援活動を続けていました。武力を持たずに紛争地で活動することは、’crazy’と言われることもありますが、ICRCの中立性・独立性を失わないための長年の経験や分析が蓄積されています。
黒田:国際人道法の遵守に関して紛争当事者間の異なる利害関係や認識を調整するのは難しいかと思います。実際に保田様が取られたアプローチ関して、お話しいただけますか。交渉におけるテクニックなどもありましたら教えてください。
保田:紛争当事者に対し、国際人道法を盾に正論を振りかざすような議論をしても相手を動かすことはほぼ不可能です。もっと人道的な観点を含めて話をすることが重要だと思います。例えば紛争地で戦闘員ではない少年が政府軍に銃殺されたとします。その場合、人道法の違反だけでなく、母親の悲しみやコミュニティへの影響、政府に対する国際世論や自国の国民の認識がどう変化するかなど、より広い観点で話します。
次に、共通の利益を見つけ、そこに向かって話を進めることです。スーダンの任務では、反政府武装勢力と政府軍の両方から、反政府武装勢力に捕らわれた政府軍兵士の引き渡しの仲介と解放時の支援を要請されました。交戦中のため、双方お互いの支配地域に入ることは危険が伴います。そこでICRCが中立な仲介者として、身柄を一旦引き受けます。ICRCの保護要員として、反政府武装勢力が身柄の引き渡し場所として指定してきた隣国との国境付近にヘリコプターで向かいました。現場で兵士たちの身元をはじめ、政府軍側に連れて帰ることについて本人の意思などを確認した後、ICRCの保護の下、身柄が政府軍側に引き渡されます。当初疲弊しきっていた兵士たちも、無事ICRCの手に渡り、再びヘリコプターに乗った時に見せた喜びの表情は、今も忘れられません。
黒田:近年武装グループにおける国際人道法への反応は実際どうなのでしょうか。
保田:自治権の拡大や独立国家を目指し、一定の領土を支配している武装グループは、人道法遵守への意識が高い傾向にあります。彼らは一般市民や国際社会から認められたいと思っているからです。人道法専門の弁護士がいるグループもあります。その一方で、ギャングと変わらない武装勢力も増えています。こうした武装勢力は、人道法を遵守するインセンティブはないため、人道法に対する意識はありません。
黒田:そういった後者の武装グループには、どのようにアプローチされるのですか。
保田:武装グループのメンバーが収容所に拘束されていることもあるので、私たちの収容所訪問を通してICRCを知っている武装勢力もあります。また、彼らが活動している地域への支援をしたとき、彼らとの関係を構築していきながら、人道法も!とアプローチしています。例えば武装グループの地域で医療物資が不足し、ICRCが医療支援をするときには人道法のパンフレットも配付します。武装グループとの信頼関係を深め、その後、応急処置のトレーニングや人道法のワークショップなどを通じて人道法の普及活動に努めています。
ジュネーブアカデミーとICRCについて
黒田:現在修士課程のプログラムに在籍されていますが、そのきっかけは何だったのでしょうか。プログラムで学ばれている内容は実際のお仕事に直結されていますか。
保田:きっかけはイスラエル・パレスチナでの任務です。ICRCは、関係当局と「敵対行為に参加していない者の保護」や「戦闘手段の制限」、「被拘束者に対する処遇」などについて最先端の人道法の議論を行っていました。法律を理論的に学びたいと思いました。
ジュネーブアカデミーで学ぶにつれて、ICRCの人道法の解釈とは別に、政府側(イスラエル政府やスーダン政府など)の意見に対する理解が深まりました。多様な理解ができるようになったことに自分でも驚いています。
以前、任地で武装勢力が支配している地域がありました。外部からはICRCしかアクセスできない場所で、支援物資もなかなか行き届きません。ICRCは人道法上の観点から市民を餓死させてはいけないと交渉を進めていくのですが、武装グループに食料が渡ることを理由に、政府からは配付する食料を減らすよう指示されました。当時はなかなか理解ができなかったのですが、国際法上では、戦闘の手段として市民の餓死を禁じている一方、武装グループへの飢餓作戦は投降を促すことができるため禁止されていません。そういった政府の軍事戦略を法的に理解できるようになりました。
ジュネーブアカデミーの授業では、人道法はもちろんのこと、国際刑法が面白かったです。よくダルフールの砂漠の中で質問されたのが、人道法の質問ではなく、ICC(国際刑事裁判所)のことでした。大統領に逮捕状が出ているため、武装グループも自分たちが訴追されることを心配していたのです。あの頃は新聞に書いてあること位しか答えられなかったのですが、今だったらもっと答えられたなと思います。
ICRCで働くことについて
黒田:パレスチナやスーダンに派遣されていた際、日本人であること、また女性であることで支障はありませんでしたか。もし何か支障があった場合、どのようにカバーされたのでしょうか。
保田:日本人であることによる支障を感じたことはありません。逆に、日本は任地の紛争からあまりにもかけ離れていたので、中立にみられやすかったです。ICRCでは、任務を遂行するにあたり、男女差はありません。セキュリティの問題のため、いくつかの地域に女性が行けないと聞いたことはありますが、私は経験したことはありません。
黒田:一部の地域では文化的な影響によって女性だと武装勢力と対等に話ができないこともあるのではないかと思いますが、その点いかがでしたか。
保田:これまでの任地でそういったことはなかったです。
黒田:現地では通訳を通して活動されていらっしゃるのですよね。
保田:ICRCでは、人道危機が深刻な国における任期は、1年間と制限されています。多少の延長はありますが、基本1年です。それは、特定の紛争当事者に心情が偏らないようにするためだったり、物理的・心理的ストレスから職員を守るためだったり、理由はいくつかあります。その度に現地の言葉を覚えることは要求されていません。もちろんアラビア語やスペイン語など多様な言語ができれば理想的ですが、基本的には通訳を通しています。
黒田:ICRCで働かれるのは精神的にも肉体的にもタフネスが必要かと思いますが、お仕事を継続されるために普段から何か取り組まれていることはありますか。
保田:倒れないことです。任地で病気になったら、医療機関が整っている首都に行くまでも大変ですし、周りのスタッフにも迷惑をかけてしまいます。仕事にも支障が出るので、普段からの健康管理はとても大事です。
黒田:実際現場では悲惨な状況の拘留所も多くあるかと思うのですが、そういった光景を目の当たりにした際どのようにメンタルを維持されていますか。
保田:自分の存在価値を考え直すことです。すべての人を救うことはできませんが、命を救う仕事、ICRCだからこそできる仕事ということで、とても誇りに思っています。
あとはストレスの対処法や気分転換です。私は仲間のデレゲートと運動すること。また、お休みを十分もらえたのも良かったです。スーダンでは、3か月ごとに2週間ほどのお休みをもらえました。組織としてデレゲートが心身ともに疲労困憊しないように取り組んでくれています。
保田:以前、私の面接官だったICRCの採用担当者に、どうして私を採用してくれたのかと聞きました。彼は、"We look at your baggage"(これまでの人生で背負ってきたもの)と答えてくれました。
黒田:これからICRCを目指す日本の若い世代に向けて、今から準備しておくこと(言語、スキル、経験等)、メッセージがあればお願いします。
ICRCの最終面接は2日間かかります。面接だけでなく、一対一の交渉術、ワークショップ形式でのロールプレイやゲームもありました。実際ICRCのミッションで現地の人々が受け取るのはデレゲートの言葉や対応なので、常識に捕らわれず、様々な価値観や考え方を受け入れていく柔軟性、相手の心情や考えを読み取るコミュニケーション能力が重視されていると思います。
職員の前歴は様々で、ピアノの先生をされていた人もいます。ただ、共通するのは、アドベンチャーが好き、正義感が強い、人間が好きということです。あとは現場経験ですね。現場で現地の人と一緒にプロジェクトを回してきた経験を持っている人が多いです。
私はICRCの仕事がすごく好きです。ICRCのことを知って、ICRCで働きたい、活動に参加したいという志を持ってくれればいいなと思います。
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| (インタビューを実施したカルージュのカフェにて 左:保田さん 右:黒田(聞き手)) |
聞き手プロフィール:
黒田美紀(くろだみき)
ジュネーブアカデミー法学修士課程
(LL.M.in International Humanitarian Law and Human Rights)在籍
(LL.M.in International Humanitarian Law and Human Rights)在籍
22:21
インタビュー
第3回ジュネーブ・グローバル・ヘルス・フォーラムご報告
Geneva Global Health Forum
第3回GHF会合は、2016年7月1日(金)、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部にて行われました。
本年5月の伊勢志摩サミットでの保健アジェンダと、その柱の一つであるAMRをテーマに、以下の講師がプレゼンテーションを行い、特に人間の医療分野にとどまらず、分野横断的(ワン・ヘルス)アプローチが必要となるAMRについて、活発な議論を行いました。
本年5月の伊勢志摩サミットでの保健アジェンダと、その柱の一つであるAMRをテーマに、以下の講師がプレゼンテーションを行い、特に人間の医療分野にとどまらず、分野横断的(ワン・ヘルス)アプローチが必要となるAMRについて、活発な議論を行いました。
(1)「Global Health in Japanese Diplomacy」
発表者:在ジュネーブ国際機関日本政府代表部 一等書記官 西澤栄晃氏
発表者:在ジュネーブ国際機関日本政府代表部 一等書記官 西澤栄晃氏
(2)「食物連鎖に由来する薬剤耐性(AMR)問題」
発表者:WHO食品安全・人獣共通感染症部 湊夕起氏
国際協同組合デー(7月第一土曜日)
JSAG
ILO企業局協同組合部 知識管理専門官
堀内 聡子
7月第一土曜日は、国連が定めた国際協同組合デーです。
国際協同組合デーは、1923年に、国際協同組合同盟(International Cooperative Alliance, 以下ICA)が定めて今年で93回目となり、また国連が、ICA創立100年目にあたる1995年に、同日を国際デーとして認定してから、今年で22回目となります。この記事では、今年の国際協同組合デーを迎えるにあたり、ILOの協同組合開発を通じたディーセントワーク[i]促進に向けた取り組みと、現在の私の業務についてご紹介させていただきたいと思います。
協同組合は、個人あるいは事業者などが共通する目的のために自主的に集まり、その事業の利用を中心としながら、民主的な運営や管理を行なう営利を目的としない組織です。協同組合にはさまざまな種類があり、農林水産業、購買、金融、共済、雇用創出、旅行、住宅、福祉・医療など、暮らしの中で、あらゆる分野において事業を営んでいます。
ICAおよびILOは、「協同組合とは、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的なニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人々の自治的な組織である」と定義しています。
株式会社やNPOとの主な違いとして、組合員が事業の利用者であると同時に出資者・経営参画者でもあること、利潤の追求・株主への配当を目的としないこと、そして(出資金の金額に関わらず)一人一票の原則とすることなどが挙げられます。
今日、協同組合は世界で2億5000万人に対し雇用を創出しています。
ILOは、2002年総会に採択した第193号協同組合の振興に関する勧告にて、雇用創出、資源動員、投資創出、経済寄与における協同組合の重要性、協同組合が人々の経済・社会開発への参加を推進すること、グローバル化が協同組合に新しい圧力、問題、課題、機会をもたらしたことを認識し、協同組合を促進する措置を呼びかけています。ILO設立1919年の翌年に、現在の協同組合支援部署(現在の協同組合部)を設置し、政策対話、法整備支援、能力開発、調査研究活動に取り組んでいます。
近年の分野として、協同組合を通じたインフォーマルエコノミーからフォーマルエコノミーへの移行や、移民家事労働者による協同組合、協同組合とケアエコノミー、そして難民危機における協同組合といったテーマに取り組んでいます。
ILOは日本生活協同組合連合会(日本生協連)とともに、2010年より毎年、アフリカ地域の協同組合の幹部職員を招聘し、日本の各セクターの協同組合(生協、農協、労働者協同組合、労働金庫、全労済、大学生協、医療生協など医療生協)の10日間の視察研修を開催しています。これまでに8か国から27名が来日しています。このような背景の元、ILOは日本生協連と人事交流に関するMOUを締結し、2014年よりILO協同組合部に出向し、業務をさせていただく機会をいただきました。
現在、ILOは技術協力プロジェクトを視野に入れ、アフリカの協同組合と連携可能な分野について検討を行っています。また、2016年も引き続き視察研修の実施が予定されています。
2016年国際協同組合デーに向けたILO事務総長からのメッセージ
Message from Director General of the ILO
for the International Day of Cooperatives 2016
22:33
○○の日
JSAGメーリングリスト利用規程
JSAG
JSAGメーリングリスト利用規程
2016年7月9日策定
2025年11月10日改訂
- 本メーリングリストは、ジュネーブ国際機関日本人職員会(以下、JSAG)にメンバー(会員及び準会員)として登録された方々に対し、JSAG会則に示す目的を達成し、活動を円滑に進めるためのJSAG運営委員会(JSAG会長及び幹事で構成)からのお知らせ等の連絡を主な目的として使用されるものです。
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