世界知的所有権の日-4月26日

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WIPO
Culture & Creative Industries Sector
Copyright Law Division
モンルワ幸希


少し想像してみてください。

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カリブ海に面したヴェネズエラの首都・カラカスの夜明け。小さなアパートの中で、熱帯地方独特の力強い朝日に、シナリオ・ライターの女性が目を覚ました。起き出した彼女は、輝く太陽に目を細めながら、前の晩インターネットで見たビデオの一場面を思い出す。

瞬間、インスピレーションを刺激された彼女。枕元の携帯電話を手にすると、ロンドンで働く同僚にメールを送る。数週間後、彼女はロンドンに飛び、プロット、会話、映像……と、同僚と共にシナリオの推敲を重ねた。

まもなく彼らのシナリオは、ハリウッドのプロデューサーのメールボックスに行き着いた。ドバイ、ムンバイ、北京、ベルリン、とメールが飛び交い、電話が鳴り響き、商談は成立、資金も確保された。

撮影が始まった。場所はシーンによって、ワルザザートの雄大な砂漠から、ブルックリンの洒落たアパートの一室まで様々だ。音響には、リオ・デ・ジャネイロの熱に浮かされたようなリズムや、プラハでレコーディングされた弦楽器の叙情的な演奏がデジタル加工され、組み合わされて使われた。

やがて映画が上映されると、評判はソーシャルメディアを通じて爆発的に広まった。特に主題歌は人気があり、世界中の人々が口ずさむようになっていった。何しろファンは、いつでも、そして世界中どこにいても、タブレット端末さえあればストリーミングで鑑賞できるのだから……

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デジタル技術、特にインターネットが、映画をはじめとする文化産業に与えた影響を一言で表現するなら、その「一層のボーダーレス化」と言えるでしょう。

私たちが文化的作品にアクセスする方法は、従来とは大きく変わりました。音楽のダウンロードやストリーミング、電子本、デジタルミュージアムなど、世界中どこからでも、いつでも好きなときに、作品を読んだり、見たり、聞いたりできるようになりました。変わったのは消費者だけではありません。文化産業の流通方法、アーティストたちの表現方法や報酬の獲得方法も、デジタル技術に大きな影響を受けています。

そればかりか、インターネットのインタラクティブな性格は、「ユーザー発信型コンテンツ」という言葉さえ生みました。アーティストと消費者の境界は曖昧になり、今やわれわれ一人ひとりが作品を生みだし、インターネットを通じて全世界に発信できるようにすらなったのです。

アーティストや文化産業は、知的所有権、特に著作権によって保護されています。著作権は、自分の創作的な作品を排他的に使用する権利を期間限定で与えることにより、社会の文化的発展を促すことを目的とした制度です。

アーティストは、排他的権利を利用することで収入を得ることができるので、安心して創作活動に打ち込むことができます。また、アーティストに与えられた排他的権利の期間が過ぎた後や、著作権が制限されたり著作権の例外に当たる場合には、全ての人が作品を自由に使用できるため、社会全体もその恩恵を受けます。

著作権の歴史は15世紀に遡り、19世紀の末には初めの著作権国際条約が採択され、その後も技術の進歩に応じて国際的枠組みが成立してきました。著作権が文化芸術の発展のために無視できない役割を担ってきたことは、異論の無いところでしょう。しかし、今日のデジタル時代における急激な文化産業の構造的変化は前例を見ないもので、従来の著作権制度に大きな挑戦を突きつけています。 

426日は、世界知的所有権の日。国連の専門機関のひとつ・世界知的所有権機関(WIPO)が設立された日であり、発明家やアーティストなどの社会貢献を記念するために制定されました。本年のテーマは、“Digital Creativity: Culture Reimagined”デジタル時代の文化芸術に焦点を絞ったイベントが、世界各地で多数企画されています。

(Image:WIPO)


WIPOのジュネーヴ本部でも、420日から22日の3日間に渡り“WIPO Conference on the Global Digital Content Market”が開催されます。デジタル技術がアーティストに与えた影響、デジタル市場への参入とアクセスの問題、出版社・プロデューサー・配信プラットフォームの役割など、デジタル時代の著作権に関する幅広い問題意識にアプローチ。キーノート・スピーカーには、先日こちらの記事でも紹介した「You Are Not a Gadget」の著者、ジャロン・ラニアー氏を招いています。

ところで、筆者は幼い頃あまり体が丈夫ではなく、鬱々とベッドの中で過ごす日々もありました。そんなときは、小説、写真集、音楽、映画などの良さが一際心に響き、生きる意欲を与えてくれました。体は医療が直してくれましたが、心の方はこうした作品に救われたのです。

国際機関の活動、というと難民支援、人道的援助、公衆衛生など「命」や「人権」という、最も大切なものを守る活動をまず思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、「心の豊かさ」-人間のクリエイティビティをどう保護し促進するのか、そのために不可欠な著作権の国際的枠組みはどうあるべきなのか、こうした命題のために日々活動するWIPOのような機関があることも、より多くの方に知っていただけたらと思うのです。

“WIPO Conference on the Global Digital Content Market”は、一般にも無料公開されています。ただし席には限りがあり、WIPOのウェブサイト(http://www.wipo.int/meetings/en/2016/global_digital_conference.html)を通じて登録が必要ですので、興味のある方はぜひお早めにどうぞ。

 (Image:WIPO)
 

文中の見解は筆者の個人的なものであること、また、本稿では著作権分野の活動に焦点をあてましたが、WIPOの活動範囲は特許、商標、意匠、原産地表示・地理的表示、ドメイン名などを含み、多岐に渡ることにご留意ください。


参考:
World Intellectual Property Day – April 26, 2016

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