国際機関邦人職員インタビュー:赤十字国際委員会 保田文子さん

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今回のインタビューは、赤十字国際委員会のデレゲート(国際職員)としてイスラエル・パレスチナ、スーダン、ラオスでご活躍された保田文子(やすだふみこ)さんにお話を伺いました。保田さんは現在聞き手と同じジュネーブアカデミーにて修士課程(Geneva Academy of International Humanitarian Law and Human Rights / Executive Master in International Law in Armed Conflict)にご在籍で、国際人道法を中心とした武力紛争下における国際法を学ばれています。アジア、アフリカの農村開発に10年ほど従事され、日本赤十字社のスマトラ島沖地震・津波災害復興支援事業の派遣要員としてインドネシアのバンダアチェでご活躍。その後、赤十字国際委員会の門戸を叩かれました。赤十字国際委員会の組織としての特徴や、実際国際人道法がどのように現場で使われているのかといったテーマを中心にお話いただきました。

赤十字国際委員会(ICRC)の任務について

黒田:他の国際機関や組織に比べて、赤十字国際委員会(以下ICRC)で働くことの強みを教えていただけますか。

保田:ICRCの強みは「中立」であることです。宗教や政治、民族や思想とは関係なく、すべての紛争当事者と平等に接し、戦争や武力紛争の犠牲を強いられた人々に対して人道的保護と支援を行っています。
しかし、紛争地域ですべての人々から中立の立場として受け入れられているわけではありません。ICRCの歴史の中で積み重ねられてきた活動で、中立の立場への理解を促しています。また、紛争地では中立の立場の介入が必要なので、それを機に話し合いを進めることができます。例えば、反政府武装勢力が捕らえた政府軍兵士を解放する際、ICRCに仲介を求めてくることがあります。両者のニーズにうまくICRCが入り込んでいます。

黒田:ICRCだからこそできないことはありますか。

保田:中立の立場を貫くと制限されることがあります。ICRCならではの保護活動の一つとして、収容所への訪問があります。国際人道法の‘番人’として、戦争捕虜や被拘束者への拷問や虐待を防ぎ、人道的な処遇を受けているかをモニタリングし、施設内に問題を発見した場合は状況の改善を当局に促します。しかし、被拘束者から拷問による体のあざを見せられ、無実を訴えられても釈放を要求することはできません。あくまで政治的介入は一切行わず、人道に則った行動を繰り返し説きます。


黒田:ICRCでは、武力を持ったセキュリティができないとのことですが、仮に銃を目の前に突き付けられていて相当のひっ迫した状態でもなす術がないということでしょうか。

保田:赤十字と赤新月、赤いクリスタルのマークは国際法で「攻撃してはならない」と定められています。なので、防弾チョッキも着なければ、車に防弾ガラスも装備しません。とはいえ、まれに例外もあります。無政府状態にあるソマリアなどでは、現地の警護員を雇っています。ただし、ICRCの活動理念の3つの柱「中立・公平・独立」のうちの「公平性」を保つため、戦闘状態にある31の民族全てから人員を引き抜いているんです。
そうした例外はあるものの、紛争当事者と全く信頼関係が構築できず、武力で攻撃される可能性が高い場合は、ICRCは基本的に両手を挙げて撤退します。ある任務で、デレゲートが現地スタッフとニーズ調査に行き、武力衝突に巻き込まれ、数日間、村に取り残されてしまいました。こうした状況では活動を変更または中断するしかありません。
しかし、多くの場合、ICRCは治安状況が不安定な中、複数の武装勢力が入り乱れる紛争の最前線で人道の「最後の砦」として活躍しています。紛争当事者に国際人道法に定められているICRCの特別な役割と任務を説明し、理解し受け入れてもらっているからこそできることです。
実際、スーダン政府軍とスーダン人民解放軍との武力衝突により激しい戦闘による深刻な人道危機が発生しているダルフールで、ICRCはほかの国際機関とは離れ、小さな事務所を市場の近くの住宅街に構え人道支援活動を続けていました。武力を持たずに紛争地で活動することは、’crazy’と言われることもありますが、ICRCの中立性・独立性を失わないための長年の経験や分析が蓄積されています。

黒田:国際人道法の遵守に関して紛争当事者間の異なる利害関係や認識を調整するのは難しいかと思います。実際に保田様が取られたアプローチ関して、お話しいただけますか。交渉におけるテクニックなどもありましたら教えてください。

保田:紛争当事者に対し、国際人道法を盾に正論を振りかざすような議論をしても相手を動かすことはほぼ不可能です。もっと人道的な観点を含めて話をすることが重要だと思います。例えば紛争地で戦闘員ではない少年が政府軍に銃殺されたとします。その場合、人道法の違反だけでなく、母親の悲しみやコミュニティへの影響、政府に対する国際世論や自国の国民の認識がどう変化するかなど、より広い観点で話します。

次に、共通の利益を見つけ、そこに向かって話を進めることです。スーダンの任務では、反政府武装勢力と政府軍の両方から、反政府武装勢力に捕らわれた政府軍兵士の引き渡しの仲介と解放時の支援を要請されました。交戦中のため、双方お互いの支配地域に入ることは危険が伴います。そこでICRCが中立な仲介者として、身柄を一旦引き受けます。ICRCの保護要員として、反政府武装勢力が身柄の引き渡し場所として指定してきた隣国との国境付近にヘリコプターで向かいました。現場で兵士たちの身元をはじめ、政府軍側に連れて帰ることについて本人の意思などを確認した後、ICRCの保護の下、身柄が政府軍側に引き渡されます。当初疲弊しきっていた兵士たちも、無事ICRCの手に渡り、再びヘリコプターに乗った時に見せた喜びの表情は、今も忘れられません。

黒田:近年武装グループにおける国際人道法への反応は実際どうなのでしょうか。

保田:自治権の拡大や独立国家を目指し、一定の領土を支配している武装グループは、人道法遵守への意識が高い傾向にあります。彼らは一般市民や国際社会から認められたいと思っているからです。人道法専門の弁護士がいるグループもあります。その一方で、ギャングと変わらない武装勢力も増えています。こうした武装勢力は、人道法を遵守するインセンティブはないため、人道法に対する意識はありません。

黒田:そういった後者の武装グループには、どのようにアプローチされるのですか。


保田:武装グループのメンバーが収容所に拘束されていることもあるので、私たちの収容所訪問を通してICRCを知っている武装勢力もあります。また、彼らが活動している地域への支援をしたとき、彼らとの関係を構築していきながら、人道法も!とアプローチしています。例えば武装グループの地域で医療物資が不足し、ICRCが医療支援をするときには人道法のパンフレットも配付します。武装グループとの信頼関係を深め、その後、応急処置のトレーニングや人道法のワークショップなどを通じて人道法の普及活動に努めています。

ジュネーブアカデミーとICRCについて

黒田:現在修士課程のプログラムに在籍されていますが、そのきっかけは何だったのでしょうか。プログラムで学ばれている内容は実際のお仕事に直結されていますか。

保田:きっかけはイスラエル・パレスチナでの任務です。ICRCは、関係当局と「敵対行為に参加していない者の保護」や「戦闘手段の制限」、「被拘束者に対する処遇」などについて最先端の人道法の議論を行っていました。法律を理論的に学びたいと思いました。
ジュネーブアカデミーで学ぶにつれて、ICRCの人道法の解釈とは別に、政府側(イスラエル政府やスーダン政府など)の意見に対する理解が深まりました。多様な理解ができるようになったことに自分でも驚いています。
以前、任地で武装勢力が支配している地域がありました。外部からはICRCしかアクセスできない場所で、支援物資もなかなか行き届きません。ICRCは人道法上の観点から市民を餓死させてはいけないと交渉を進めていくのですが、武装グループに食料が渡ることを理由に、政府からは配付する食料を減らすよう指示されました。当時はなかなか理解ができなかったのですが、国際法上では、戦闘の手段として市民の餓死を禁じている一方、武装グループへの飢餓作戦は投降を促すことができるため禁止されていません。そういった政府の軍事戦略を法的に理解できるようになりました。

ジュネーブアカデミーの授業では、人道法はもちろんのこと、国際刑法が面白かったです。よくダルフールの砂漠の中で質問されたのが、人道法の質問ではなく、ICC(国際刑事裁判所)のことでした。大統領に逮捕状が出ているため、武装グループも自分たちが訴追されることを心配していたのです。あの頃は新聞に書いてあること位しか答えられなかったのですが、今だったらもっと答えられたなと思います。

ICRCで働くことについて

黒田:パレスチナやスーダンに派遣されていた際、日本人であること、また女性であることで支障はありませんでしたか。もし何か支障があった場合、どのようにカバーされたのでしょうか。

保田:日本人であることによる支障を感じたことはありません。逆に、日本は任地の紛争からあまりにもかけ離れていたので、中立にみられやすかったです。ICRCでは、任務を遂行するにあたり、男女差はありません。セキュリティの問題のため、いくつかの地域に女性が行けないと聞いたことはありますが、私は経験したことはありません。

黒田:一部の地域では文化的な影響によって女性だと武装勢力と対等に話ができないこともあるのではないかと思いますが、その点いかがでしたか。

保田:これまでの任地でそういったことはなかったです。

黒田:現地では通訳を通して活動されていらっしゃるのですよね。

保田:ICRCでは、人道危機が深刻な国における任期は、1年間と制限されています。多少の延長はありますが、基本1年です。それは、特定の紛争当事者に心情が偏らないようにするためだったり、物理的・心理的ストレスから職員を守るためだったり、理由はいくつかあります。その度に現地の言葉を覚えることは要求されていません。もちろんアラビア語やスペイン語など多様な言語ができれば理想的ですが、基本的には通訳を通しています。

黒田:ICRCで働かれるのは精神的にも肉体的にもタフネスが必要かと思いますが、お仕事を継続されるために普段から何か取り組まれていることはありますか。


保田:倒れないことです。任地で病気になったら、医療機関が整っている首都に行くまでも大変ですし、周りのスタッフにも迷惑をかけてしまいます。仕事にも支障が出るので、普段からの健康管理はとても大事です。


黒田:実際現場では悲惨な状況の拘留所も多くあるかと思うのですが、そういった光景を目の当たりにした際どのようにメンタルを維持されていますか。

保田:自分の存在価値を考え直すことです。すべての人を救うことはできませんが、命を救う仕事、ICRCだからこそできる仕事ということで、とても誇りに思っています。

あとはストレスの対処法や気分転換です。私は仲間のデレゲートと運動すること。また、お休みを十分もらえたのも良かったです。スーダンでは、3か月ごとに2週間ほどのお休みをもらえました。組織としてデレゲートが心身ともに疲労困憊しないように取り組んでくれています。


黒田:これからICRCを目指す日本の若い世代に向けて、今から準備しておくこと(言語、スキル、経験等)、メッセージがあればお願いします。

保田:以前、私の面接官だったICRCの採用担当者に、どうして私を採用してくれたのかと聞きました。彼は、"We look at your baggage"(これまでの人生で背負ってきたもの)と答えてくれました。
ICRCの最終面接は2日間かかります。面接だけでなく、一対一の交渉術、ワークショップ形式でのロールプレイやゲームもありました。実際ICRCのミッションで現地の人々が受け取るのはデレゲートの言葉や対応なので、常識に捕らわれず、様々な価値観や考え方を受け入れていく柔軟性、相手の心情や考えを読み取るコミュニケーション能力が重視されていると思います。
職員の前歴は様々で、ピアノの先生をされていた人もいます。ただ、共通するのは、アドベンチャーが好き、正義感が強い、人間が好きということです。あとは現場経験ですね。現場で現地の人と一緒にプロジェクトを回してきた経験を持っている人が多いです。

私はICRCの仕事がすごく好きです。ICRCのことを知って、ICRCで働きたい、活動に参加したいという志を持ってくれればいいなと思います。

(インタビューを実施したカルージュのカフェにて 左:保田さん 右:黒田(聞き手))
聞き手プロフィール:

黒田美紀(くろだみき)
ジュネーブアカデミー法学修士課程
LL.M.in International Humanitarian Law and Human Rights)在籍


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