国際機関邦人職員インタビュー:伊藤礼樹さん UNHCRアジア局次長

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JSAGでは、「国際機関邦人職員インタビュー」を始めます。人道都市ジュネーブでは国際機関で働く邦人職員が100人以上おり、インタビューでは、仕事の話だけでなく、プライベードや人道や開発支援について日々思っていることなどについて紹介していきます。

インタビュー第一回は、今年2月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)アジア局次長に就任された伊藤礼樹(あやき)さんにお話を伺いました。 伊藤さんはこれまで、ボスニア、ミャンマー、スーダン、アルメニア、レバノン、ソマリアなどで難民支援に従事してきました。UNHCR幹部に邦人職員が少ない理由や、これからの人道援助やUNHCRのあるべき姿について、お聞きしました。(聞き手:黒岩揺光)


黒岩:伊藤さんは常々、UNHCR職員にとって大切な資質として、人情、理想、理論、行動の四つをあげています。48歳での本部局次長就任はスピード出世ですが、この四つの資質を心がけてきたことと関係があるのでしょうか?

伊藤:日本人と比べ、欧米人の強みはどんどん自分の意見を言うところだという人がいるけど、私はそうは思わない。人情をもって、難民や同僚と良い関係を作ることはとても大事。もちろん、言わなければいけないことは、言うんだけど、しっかり理論だてた言葉で話すことが大事ですね。

黒岩:UNHCRの邦人職員は約80人。うち、局長、局次長レベルの幹部は2人だけです。イタリアは170人中10人が幹部。ドイツは100人中9人。邦人職員の幹部率が低いのはなぜでしょう?

伊藤:私たちの前の世代でUNHCRに入ってきた人の中には、「難民支援」=「100%ボランティアリズム」という人がいました。現場で自分が全部やらなければいけないという考え方です。時代の流れで、人道援助も国連もかわってきているので、そのアプローチではきかなくなっているのかもしれません。

黒岩:ボランティアリズムだと、何がいけないのでしょう?

伊藤:人情、理想、理論、行動のうち、人情が大きくなりすぎてしまいます。 困っている人たちがいて、その人たちを支援できる物資やお金があれば、いかなる政治的状況においても支援しようとする。難民問題はとても政治的なものですから、冷静な判断が必要な時が多々あります。全体像を見たうえで、判断しなければいけないのですが、人情だけでやってしまうと、それができなくなってしまう。
あと、私もそうなのですが、日本人の弱点は、仕事はして、結果は出すが、それを、なかなかポジティブに売り出せない人がいますね。
                      (UNHCR本部アジア局長室で会議の進行役を務める伊藤さん)


黒岩:どうやって売るのがベストでしょうか?

伊藤:新しいポストに応募する時、できるだけ多くの関係者に自分が応募したことを伝えることですね。私もしませんが(笑)。

黒岩:私の妻(UNHCR職員)もそれができません。「そんなことしてポジジョン獲得できるわけない」みたいに思っています。単にシャイなんですね。

伊藤:私の知っている元上司なんて、応募してきた人の中に知り合いがいたら、「あれ、何の連絡もなかったな」と不思議がってた。「つまり、この人はそこまでこのポストを取りたくないのだな」という印象を与える可能性もあります。一言伝えておけば、ショートリストされなくても、その上司が本部に「この人なんでショートリストされなかったの?」と問い合わせることだってあります。自分の成果とかを2ページ書いて送られてくると困りますけどね。

黒岩:その辺のバランスがわからなくて。例えば、応募先の事務所の所長と一度会った事があって、その事務所がある国に別件で行った際、その所長をランチに誘ってロビーするというのは、有効な手段でしょうか?

伊藤:ランチよりも、事務所に顔出すくらいがいいのではないかな。私個人的にはメールが一番いいですね。応募した人がみんな面会求めてきたら大変ですからね。

黒岩:伊藤さんは、常々、人道援助、そしてUNHCRの活動は曲がり角にきているとおっしゃっています。

伊藤:いろいろな議論がありますが、現在主流の人道主義っていう観念は西洋からきていると私は考えています。最近の中国やトルコなどの台頭で、これまでの西洋主体の価値観、規範の土台が不安定になってきています。私がソマリアで活動していた時、トルコの援助団体がどっと入ってきて、国連のコーディネーションモデルとは全く別枠で面白い仕事をしていた。

黒岩:どんな良い仕事をしていたのですか?

伊藤: 私たち国連は、何をするにも、コーディネーションの形から入る。誰が何をやるのか話し合っているうちに、トルコがすぐに避難民キャンプをつくってしまった。これに対して、国連が、「このキャンプはレベルが高すぎて、避難民は自分たちの故郷に帰らないかもしれない。コーディネーションのメカニズムがあるから」と言っても、「ああそう」と言われるだけ。それに、彼らは「人道」「開発」「ビジネス」を区別していない。ニーズがあればビジネスでやるのもいい、キャンプを作るのも、道路を作るのもいいじゃないかというスタンスです。

黒岩:私がケニアの難民キャンプで働いていた時もトルコの援助団体が、国連とは別枠で、お金がなくて結婚ができないソマリアの若者たちに「結婚奨学金制度」みたいなのをやって、とても好評でした。

伊藤:ミャンマーでは、避難民キャンプで料理するのに使用する薪がないから、何かプログラムを始めようと欧米の政府系機関が言い始めた。そしたら、援助機関側は、それが、どのセクターが担当するのか、食料なのか、キャンプマネージメントなのか、シェルターなのか、長々と議論が続いて、頭にきました。

黒岩:これだけたくさん組織があると、どうしてもコーディネーションは必要になります。かといって、トルコみたいに単発でやるのもどうかと思います。

伊藤:コーディネーションはあくまでも手段であり目的ではありません。しかしドナー側の思惑もあり、国連機関は、どれだけのニーズがあって、どれだけのお金でどれだけのインパクトを出したのかを統一した表で見たい。そういう表を、全世界で統一すれば、グローバルの指標が出せる。支援がマクドナルド化していくのです。コーディネーションの過度なシステム化が私の懸念です。そういう中で、UNHCRはどんなスローフードを出せるのか?これまで通り、「マンデートだから、UNHCRはこれをやらないといけない」という議論だけでは通用しなくなっていくような気がします。

黒岩:UNHCRはどんな「スローフード」が出せるでしょうか?

伊藤: 近年、特定の国あるいは緊急援助のオペレーションに限定されたドナーの支援が多くなってきており、UNHCRは高度にシステム化された援助体系の完全な一部になることが要求されてきます。その結果オペレーションにはお金とスタッフが付き易くなります。その裏で、アフガニスタンなどもう「旬」の過ぎたオペレーションへの資金調達が難しくなってきているのも現実です。さらに、難民ひとりひとりと向き合っての活動が多い「プロテクション(保護)」はシステム化するのが難しく、裨益者一人にかかるコストもシステム化された緊急援助オペレーションに比べて高くなり、資金調達も難しくなります。UNHCRはシステムの中の「緊急援助組織」なのか個人を対象とした「保護組織」なのか、その両立はどこまで可能なのかという議論が必要となっているのではないでしょうか。さらに、政治的解決のないままでの紛争犠牲者への援助は、内部疾患を無視して痛み止めを投与しているようなものです。そこで、旧ユーゴスラビアで試みたように、人道だけでなく難民の政治的解決を促す国家間の交渉者の役割を果たすのも一つのアイディアだと思います。模索できる道は色々あると思います。

インタビュー後感想:伊藤さんが「人情が大きくなりすぎてしまう」と言った瞬間、はっとさせられた。自分も「難民を助けたい」という人情だけで、 これまで数多くの失敗をしてきた。例えば、ケニアのダダーブ難民キャンプで働いていた際、援助機関が難民の従業員に団体の資金管理を任せない現状に腹が立ち、自分の団体で働く難民に資金管理を任せた後、その難民がお金と共に失踪。援助機関が抱く難民に対する不信感をかえって助長させてしまった。伊藤さんの話を聞き、支援の難しさを改めて思い知った。


 聞き手プロフィール:黒岩揺光 国連難民高等弁務官事務所ジュネーブ本部にてアソシエートプログラム担当官。元毎日新聞記者。ケニアのダダーブ難民キャンプで国連機関やNGOで2年8ヶ月働く。

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